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「俺は今、自分を見失っている」――46歳のバツイチおじさんは旅を立て直すために大きな決断を下した〈第15話〉

突然、嫁さんにフラれて独身になったTVディレクター。御年、46歳。英語もロクにしゃべれない彼が選んだ道は、新たな花嫁を探す世界一周旅行だった――。当サイトにて、2015年から約4年にわたり人気連載として大いに注目を集めた「英語力ゼロのバツいちおじさんが挑む世界一周花嫁探しの旅」がこの度、単行本化される。本連載では描き切れなかった結末まで、余すことなく一冊にまとめたという。その偉業を祝し、連載第1回目からの全文再配信を決定。第1回からプレイバックする!  *  *  * 現在週イチ更新中、46歳のバツイチおじさんによるノンフィクション連載「世界一周花嫁探しの旅」、今回の滞在地は3か国目のタイ、バンコクです。前回、元カノAちゃんからのオファーで映画に出演することになったバツイチおじさん。しかし、それが原因でバンコクの夜に深く沈み込むことになりました。果たしてバツイチおじさんは、無事に旅を立て直すことができたのでしょうか? そして今回、バツイチおじさんがある大きな判断を下すのですが……。風雲急を告げる「自分探しの旅」、スタートです! 英語力ゼロの46歳バツイチおじさんが挑む「世界一周 花嫁探しの旅」【第15話 水深1000メートルの世界】 旅を始めて3か月めに入った。 今、宿泊しているドミトリーの一階にあるカフェ兼BARで一人この連載を書いている。 時間は深夜4時。 気づくと昼夜が完全に逆転してしまった。 毎日、3時間原稿を書いては、近くに散歩にいく。 夜になれば、屋台でパッタイなどのタイ料理とタイのビールLEOを飲む。 いつも観光に行こうかと思うが、連載を進めなきゃいけないし、起きる時間も午後過ぎだし、「今日はまぁいいか」と思う。1分を惜しんで勉強をしていたセブ島の英語学校とは大違いの生活だ。 昨夜はせっかくバンコクにいるのに、ハードディスクに入ってる『SLAM DUNK』を全巻読破してしまった。 旅人の間でこんな言葉がある。 『沈没』 ひとつ安ドミトリーにずっと長く居座ってしまうことらしい。 沢木耕太郎の『深夜特急』の冒頭のシーンで、インドの安宿に居座ってしまった主人公が「このままじゃダメだ」と宿を飛び出すシーンがある。 旅する前はその気持ちが理解できなかったが、今はリアルにわかる。 俺も、このままじゃきっとダメになる。

観光にも行かず、ベッドでゴロゴロしてるときの俺の脚

近くにふらりと行ける飲み屋も見つかった。 深夜、時間が空くと一人でドミトリーから3分ほど歩き、家族経営の飲み屋に行く。 日本人オーナーの小さい店だが、タイ人の兄と妹、そしてその親戚と5歳くらいの子供が深夜の3時ぐらいなのに、いつもいる。 「こんな深夜まで子供が起きてるなんて」 これがバンコクの教育なのか?  何が間違っているのかはわからない。 俺の日本の価値観が間違ってるのかもしれない。 俺は、ビールを飲み、片言の英語と片言の日本語でくだらない話をする。 タイ人の妹のほうは25歳くらい。この店のオーナーである日本人と結婚しているとのこと。 しかし、本当は結婚していないんじゃないかと思う。 結婚式も挙げてないし、日本にも一回しか行ったことがないらしい。 現地妻。 たぶん、そうだと思う。 今日は、その妹の友達が来て、一緒に飲んだ。 友達の名前はannka。24歳の女性だ。 俺のドミトリーは下町にあり、バンコクの繁華街からかなり離れた場所にある。 ここにはローカルな人しかいない。 俺はこういったローカルなところでワイワイやるのが好きだ。 というのも、俺は繁華街で飲むのがあまり好きではない。 繁華街で飲んでいると、高確率で売春婦が話しかけてくる。 一緒に話すと、彼女たちの深い闇に飲み込まれそうになる。 かといって、その闇から光ある場所まで救い出してあげれられるほどの甲斐性はない。 無理して笑顔を作る夜の蝶を見ると、自分の無力さに嘆き、彼女たちの悲しみに同調し、翌朝必ずと言っていいほど自己嫌悪に陥る。 俺は人間のダークな部分を見るのが嫌いな弱い人間だ。 それは、クリエイターの資質として、致命的だと思う。 というわけで、その夜はいつものローカルな店でannkaと飲んだ。 タイのローカルな女の子だ。ノリもよく、少しは英語も話せる。 彼女とは日本のアニメの「シドニアの騎士」の話で盛り上がった。 俺はLEOビールを5本空けた。 彼女は繁華街にいる夜の蝶のように、無理に話をこちらに合わせようともしない。 すごくいい。 まるで、地元の目黒の飲み屋で飲んでるみたいだ。 ほろ酔いで斜め前のコンビニに水を買いに行こうとすると、Annkaがこう言った。 「気をつけて、3日前、その道路で強盗があったよ。数人の男が一人の男にナイフを突きつけ、カバンと財布を盗んだんだって」 ドミトリーから歩いて3分の行きつけの飲み屋に行くのにも、細心の注意を払わなければならない。 忘れかけていたが、ここは異国の地、バンコクなのだ。 ビールも6本を超えて結構酔っ払ってきたら、annkaがしきりに俺のドミトリーの場所を聞いてきた。 どうやら俺のことを心配してくれてるようだ。 彼女はタイのイーサン地方出身で、出稼ぎでバンコクに来ているらしい。 よくよく聞くと、結婚しているはずのこの店のオーナーの奥さん(妹のほう)と同じマンションに住んでいるとのこと。 ……ん? どういうことだ? ただのローカルな店じゃない闇の部分が見えてきた。 すると、俺の安全を心配してくれてたはずのAnnkaが「俺のドミトリーに泊まりたい」と言ってきた。 俺はビールをあおりながらAnnkaの持ち物を観察してみる。 安っぽい服にまみれて、高級なバッグや時計が混じっている。 よく見るとすごくチグハグだ。 「なるほど」 俺はなんとなく理解した。 Annkaは普段、歓楽街で働いていて、店が終わり友人のいるこの店に一人で飲みに来たのだ。そこに、カモになりそうな日本人がいるから、面白半分で近づき、売春しようとしているのだ。 案の定「2500バーツ(6576円)」と言ってきた。 そうか、そういうことか。 俺はどこか物悲しくなり、彼女たちのビール代を奢り、一人ふらふらとドミトリーに戻った。 翌日から俺はより深く「沈没」していった。 何もする気が起きないし、このままずっと寝ていたい。 外に出て、さまざまな人と交渉するのも面倒臭い。 騙されるのも嫌だ。 この連載もまったく書く気にならない。 俺はどこまでもどこまでも、深く「沈没」していった。 あまりにもダラダラしていたので、カウントダウンパーティーに誘ってくれたアメリカ人オーナーやフィリピン人スタッフが心配して、「ごっつ、船に乗って観光にいってこいよ!」と言ってくれる。その度に、 「ごめん、連載書かなきゃいけないから宿から出ることができない」 と、俺は言い訳をした。

前回書き忘れましたが、この人はドミトリーを経営するアメリカ人オーナーです

「沈没」をしている間、俺はこの旅について深く考えた。 この連載が始まって、出会った女性との関係について赤裸々に書いてきた。 もしかして、俺が赤裸々に書いたことで相手を深く傷つけてしまっているのかもしれない。 元嫁のことも書いている。 もし、彼女がこの連載を読んでいたら、おそらく深く傷ついているに違いない。 俺は「沈没」しながらふと思う。 これじゃ、自分のことを勝手にキチガイと名乗っていたテレビ業界でやっていたことと同じことをしてるんじゃないのか? ただ、PVが欲しい。 多くの人に読んでもらいたい。 自分のエゴのためにだけ、この連載を続けているのではないか? それは、テレビやマスコミの人間が世の中の人に嫌われてる本質ではないか? マスコミの人間は「真実を伝えることが義務だ!」と考えてるが、実はそれは誤りじゃないかと思う。 そもそもなぜ、真実を伝えねばならぬのか?  そういう事を、深く深く考え抜いて伝えてる人はごくごく僅かだ。 多くのマスコミ人は、そのことを考える時間がないくらい、時間に追われ、プライベートな時間を削って真実を求めている。 そんなピュアな生き方を、俺には否定できない。 だけど、極端な理想主義は人を幸せにしない。 今はそう思う。 そういう観点からすると、俺の書いてる連載「世界一周花嫁探しの旅」はどうなんだ?  恋なんて5年や10年に一度すれば良いものなのに、俺は、何を急いで恋してる風の連載を書いてるんだ?  しかも、連載のテーマにこだわるがあまり、心の奥で渦巻く深い感情を書かずにクソ薄っぺらい内容を書き続けている。 「俺は何のためにこの連載書いてるんだろう?」 元々この旅は「自分を見つめ直すための旅」であり「人の心をちゃんと理解できるようになるための旅」だったはず。決して、連載のPVを伸ばしたり、多くの人に「俺、ここにいるんだぜ!」ってことを知らせるために続けることが目的ではなかったはず。 「俺は今、自分を見失っている」 これじゃあ、テレビでやってきた事を、連載に置き換えただけだ。 これじゃあ、書く意味がない。 「このままでは、この旅で出会った人や、この連載を読んでくれている人に申し訳ない」

いろんなものを充電しても、書く気まではチャージできず・・・

旅を始めて3か月。 気づくと俺の旅は「世界一周花嫁探しの旅」の連載を書くための旅になってしまっていたようだ。 俺はものを書くことが本業ではない。 なので、この連載を書くことにとても時間がかかる。 そのため、旅の目的も時間の使い方も、この連載を中心になってしまっている。 なんでこんなことになってしまったんだろう? 「虚栄心を捨てなければ」 これからは、もっと自分自身の旅を主軸とし、その中で感じた事、考えた事、びっくりした事、価値観が変わった事、そんなことをこの連載に書いていこうと思う。もちろん、花嫁探しを中心として。 今、俺は水深1000メートルくらいのところに「沈没」している。 水圧がすごくて動けない。 息もできない。 ポジティブな気持ちがまったく湧き上がってこない。 『SLAM DUNK』の仙道は、チームがどん底の危機に瀕した時、こういってチームを落ち着かせる。 「まだ、慌てるこたーない」 「落ち着いて攻めよう」 そうやって時間と空間をコントロールする。 チェンジ・オブ・ペース。 バスケットボールで、ゲームの流れを変えるのに有効な戦略だ。 俺は、この「沈没」から抜け出すため、チェンマイ行きの深夜特急のチケットを取った。 場所を変え、旅を立て直し、沈んでしまった心をもう一度持ち上げたいと思う。 いや、そう願う。 頼むぜ、深夜特急!

沈没中に重い腰をあげ、買いに行ったチェンマイ行きのチケット

ということで、ここまで読んで頂いた読者の皆様には本当に申し訳ないですが、少しこの連載と距離を置きたいと思います。 セブ島のときは勉強の合間にある程度腰をすえて書くことができましたが、これからは移動の旅がしばらく続きます。 かといって、薄っぺらい旅ブログなんて書く気はさらさらありません。 「花嫁探し」をテーマに旅を続けますが、自分の心が揺さぶられる出会いや事件がないのに「毎週連載」を続けるのは非常に旅の重荷になると判断しました。 なので、週一の連載ではなく不定期連載に変えさせて頂きたいです。 突然ワガママ言って、本当に申し訳ないです。 次号予告「沈没から旅を立て直し、新たな物語を紡ぎだす日は来るのか!? おそらく蘇るバツイチおじさんの新たなる旅」を乞うご期待!
1969年大分県生まれ。明治大学卒業後、IVSテレビ制作(株)のADとして日本テレビ「天才たけしの元気が出るテレビ!」の制作に参加。続いて「ザ!鉄腕!DASH!!」(日本テレビ)の立ち上げメンバーとなり、その後フリーのディレクターとして「ザ!世界仰天ニュース」(日本テレビ)「トリビアの泉」(フジテレビ)をチーフディレクターとして制作。2008年に映像制作会社「株式会社イマジネーション」を創設し、「マツケンサンバⅡ」のブレーン、「学べる!ニュースショー!」(テレビ朝日)「政治家と話そう」(Google)など数々の作品を手掛ける。離婚をきっかけにディレクターを休業し、世界一周に挑戦。その様子を「日刊SPA!」にて連載し人気を博した。現在は、映像制作だけでなく、YouTuber、ラジオ出演など、出演者としても多岐に渡り活動中。Youtubuチャンネル「Enjoy on the Earth 〜地球の遊び方〜」運営中
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