「映画に出てもらえたりするかしら?」――46歳のバツイチおじさんは元カノからとんでもないオファーを受けた〈第14話〉
突然、嫁さんにフラれて独身になったTVディレクター。御年、46歳。英語もロクにしゃべれない彼が選んだ道は、新たな花嫁を探す世界一周旅行だった――。当サイトにて、2015年から約4年にわたり人気連載として大いに注目を集めた「英語力ゼロのバツいちおじさんが挑む世界一周花嫁探しの旅」がこの度、単行本化される。本連載では描き切れなかった結末まで、余すことなく一冊にまとめたという。その偉業を祝し、連載第1回目からの全文再配信を決定。第1回からプレイバックする!
* * *
英語も喋れないのにたった一人で世界一周の旅に出ることになった「46歳のバツイチおじさん」によるズンドコ旅行記、今回から3か国め、タイ篇がスタートします。前回、無事にスパルタ式英語合宿を卒業し、タイに入国したバツイチおじさん。ガラにもなくスムーズに入国できたかと思いきや、偶然にも空港で元カノ・Aちゃんと再会。「いや、なんでそんなことになんの!?」とお思いでしょうが、信じてください。バツイチおじさんにはこういう奇跡が今も昔もしょっちゅう起こります。というわけで今回の物語は、そんな奇跡の奇人による奇妙な再会から始まり始まり~!
【第14話 餃子と歯磨き粉と私】
バンコクの夜22時30分過ぎ。スワナプーム空港で昔同棲していた元カノAちゃんと偶然出会った。18年ぶりの再会である。
俺「Aちゃん!」
A 「え? ごっつ? ……うそ!? なぜここにいるの?」
俺「……いや、今、世界一周してて」
A 「え!? すごい!」
俺「そっちは?」
A 「バンコクで映画の撮影があって」
Aちゃんは現在、アート映画のプロデューサーをやっている。彼女は元々翻訳会社に勤めていたが18年前、俺と付き合っている時、渋谷にあるミニシアター系の会社に転職した。その後、俺たちは別れてしまったが、彼女は現在も映画のプロデューサーとして頑張っているらしい。
ネットで映画関連の記事を見ていると、たまにインタビューが出てくるのでなんとなく近況を知っていた。身長は相変わらず150センチしかないのにショートカットで現場を切り盛りしている感じは、妙にエロティックだった。
Aちゃん「Facebookやってる? 今、時間がないから後で連絡する。撮影の合間にバンコクで飲もうよ」
俺 「いいね~。飲もう飲もう」
連絡先を交換すると、彼女は撮影隊の元に帰って行った。
俺は軽くビビっていた。
この旅は世界一周花嫁探しの旅。
セブ島でアナベルにフラれた直後に元カノと偶然出会う。
仕込みやヤラセは一切なし。
なんか神がかってる。
テレビの仕事をしていると何度かこういう運命のようなものと出会う。
後ろから風が吹き付けられる感覚だ。
「時代」という魔物と戦っていると、時折こういう奇妙な感覚に襲われることがある。
なんだが、少し胸が高鳴っていたのだ。
深夜23時過ぎ、22キロのバックパックを背負い、空港鉄道でバンコクのパヤタイ駅を目指した。電車の中で前の席の大学生くらいの男子学生を見つめながら、俺は「空港での運命的な再会」についてずっと考えていた。
18年前、28歳の俺と彼女は6畳の下北沢の安アパートの一室で同棲していた。
女と一緒に暮らすのはそれが初めてだった。
当時、フリーディレクターとして独立したばかりで、まだまだカネを稼げず、アコムでお金を借りながら何とか生活をしていた。フリーディレクターは過酷な商売であり、面白くないVTRを2回作ったらその番組をクビになる。さらに自分のVTRが視聴率を取らないと居場所がなくなる。
視聴率至上主義。
この業界に入った時から当たり前に信じていた自分のアイデンティティーだった。でも、Aちゃんは違った。
Aちゃん「視聴率だけがすべてじゃないよ。本当に良いもの作りな~」
いつも彼女は俺にそう言い続けていた。
俺 「そんなの結果出し続けたやつしか言えないセリフだよね。視聴率と戦うことも重要なんだよ」
そういうと向こうも熱くなり喧嘩になる。下北沢の「餃子の王将」でウーロン杯を飲みながら、毎晩のように『面白いとは何か?』について語り明かした。
彼女の言葉の真の意味が理解できるようになったのは、恥ずかしながら10年も経ってからだった。
俺はいつも「本当に大切なこと」に気づくのが遅い。
同棲して半年経ったある日、いつもの「餃子の王将」でなく新宿の居酒屋に呼び出された。
俺 「どうしたの? 新宿なんか珍しい」
Aちゃん「……ごめん、あのね、あの……、別れてほしいんだよね」
俺 「は? ……意味がわからない……んだけど」
Aちゃん「……ごめんね」
俺 「え? 嘘でしょ? 理由を言ってよ、理由」
Aちゃん「……歯磨き粉のキャップ」
俺 「え?」
Aちゃん「歯磨き粉のキャップ。何回言っても閉められないよね?それが理由かな」
歯磨き粉のキャップが閉められないからフラれた。
それは俺を本質的に否定していたのかもしれない。
知的な彼女らしい別れ文句が面白くて、今でもあの日の居酒屋での光景が鮮明に残っていた。
その別れから10年近く経って、俺は結婚した。
それでも俺は何も変わってなかった。
元嫁「歯磨き粉のキャップが閉められないからこんなの買ってきたよ。ジャーン!
キャップと歯磨き粉一体型」
俺はいつも「本当に大切なこと」に気づくのが遅い。
パヤタイ駅に到着すると11時40分を過ぎていた。電車でこれ以上は無理と判断すると駅に横付けしたタクシーを捕まえる。
英語でトリップアドバイザーで予約したドミトリーを伝えようとしたが、タクシー運転手は英語をまったく喋れない。アイフォンのGoogleMapを見せ、日本語で「ここに行って下さい!」とお願いしてみた。するとタクシーの運転手はスマフォの計算機で「200」つまり200バーツ(662円)を要求してきた。
高すぎる。
俺が「タクシーメーター!」と言うと「無理無理」という顔をし、去っていった。その後も数台のタクシーと交渉したが、皆一様に「200バーツ」と言い、メーターに応じる気配がない。
時間は深夜12時を回っていた。
流石に疲れていたのと、始めて訪れる国でこれ以上遅くなるのは危険だと判断した俺は、とりあえずタクシーに乗って中で金額交渉することにした。
地図を見せると、すんなりドミトリーに向かってくれた。が、相変わらずタクシーメーターは使ってはくれない。
ドミトリーの近くになってから「アイハブオンリーワンハンドレッド(俺、100バーツしかないよ)」と言ってみた。すると「200バーツだよ、ふざけるな!」と言ってきた。負けじと「ワンハンドレッド(100)」と言い返す。向こうは大きな声で「ツーハンドレッド」と言い返す。こっちは、さらに結構大きな声で「アイアハブオンリーワンハンドレッド(俺、100バーツしかないよ)」とそれ以上払う気がないことを身振り手振りも加え伝えた。すると、タクシーの運転手が激昂しだした。
タイ語で何を言ってるかわからないが「くそ日本人が!」と何度もつぶやいているのが聞こえてきた。明らかにブチ切れてる。
深夜、見知らぬ都市でキレてるタクシー運転手と二人きり。
何を言ってるかわからないのが怖さを増す。
身の危険を感じた俺は、後部座席から運転手の顔を写真で撮ってFacebookにアップした。「何かあったらこいつが犯人だよ」という意味合いだ。
でも、これが失敗だった。
運転手はそれを見てさらにブチ切れ、タクシーを止めた。
「お前、なに写真撮ってんだよ!消せよ!」
運転手はそう言いながら詰め寄って来た。俺は無視をして携帯で友達と電話してるフリをした。そんな俺を見て愛想を尽かしたのか終始「くそ日本人が!」と言いながら俺をドミトリーまで運んだ。俺は100バーツを払いタクシーを降りた。タクシーの運転手は「ケッ!」と言い、嫌な顔をした。
ドミトリーのチェックインの途中、スマフォでFacebookを見るとバンコクに在住経験のある友人からコメントが入っていた。
「バンコクのタクシー運転手はキレると何をするかわからないから怒らせないほうがイイですよ。拳銃持ってるケースもあるし」
ぞっとした。
バンコクの夜は結構危険だ。
宿泊するのは、アメリカ人オーナーが経営しているkama bangkokというドミトリー。一泊350バーツ(1159円)と格安なのにトリップアドバイザーで賞を獲っているだけあり、物凄く綺麗だ。一階はバーになっている。
俺は一発で気に入り、年末年始をここで過ごすことを決めた。
そして1月4日までの7日分のお金を先に払った。
翌日、ゆっくり起きると洗濯をした。日本を飛び出して2か月。気づくと自分の手で洗濯するのが習慣になってきた。そして、洗濯が終わってあることに気づいた。
「やることがない」
旅が始まってずっと英語の勉強や移動、さらにはこの連載の執筆でとにかく時間に追われていた。しかし、この連載も年末年始はお休み。となると途端に何もすることがなくなる。
二度寝するも良し、観光に行くのも良し、すべて自分で決められる。
考えてみたらこんな生活、大学生以来かもしれない。正確に言うと大学生時代は授業や友達付き合いがあるため結構忙しかった。今は何もやることがない。友達もいない。生まれて始めての経験だった。何からも自由だった。
再びベッドに潜り、携帯をいじる。すると、AちゃんからFacebookメッセージが届いていた。
Aちゃん【すごい普通に声かけられて、びっくり! おもろいね。というか、あんな深夜に空港に着いてる……。気をつけてね。明日の夜に撮影チームと会って、年明けの状況を聞くので、また連絡するよ。今、バンコクで映画の撮影中です。バンコクいつまでいるの?】
俺はベッドの中からすぐさま返信をした。
俺 「まだ何も決めてない。とりあえず来年の1月4日までのお金は払ったので、そこまではいると思う」
Aちゃん 「じゃあ、1日が狙い目かな」
俺 「了解。1月1日ね。確定したら連絡ちょだい!」
スマホを枕の横に置き、二段ベッドからドミトリーの天井を見上げた。
松任谷由実の『A HAPPY NEW YEAR』の一節が頭に浮かんだ。
A Happy New Year!
今年も最初に会う人が
あなたであるように はやく はやく
12月31日(大晦日)、アメリカ人オーナーから「ドミトリーの屋上でカウントダウンパーティーやるから来ないか?」と誘われた。何も予定がない俺は「参加します!」と二つ返事でOKした。
チャオプラヤー川を乗り合いの船で観光をし、2015年最後の夕日を見た後、夜の19時からドミトリーのカウントダウンパーティーに参加した。
屋上には爆音のハウスミュージックが流れ、なかなか綺麗な女子たちがいた。
覚えたての英語で話しかけてみる。
すると、フィリピン人の銀行に勤めてる娘とタイ人のモデルエージェンシーのマネージャーと仲良くなった。彼女たちは、セブ島のスパルタ式英語学校のカリキュラム内容に興味深々に食いついてきた。
「俺の英語、結構通じるかも」
そう思ったのも束の間、他のフランス人の男二人と英語で会話を始めると、60%しか聞き取れない。この違いは、男と女の会話の差にあった。男たちは、学校の先生みたいに優しく話を噛み砕いたりはしてくれない。
女子がトイレに行っている間、フランス人男子と3人で語っていたらこんなことを言っていた。
フランス人「あの二人組は商売女じゃないが、興味あるのは俺たちのカネとかバックグラウンドだよ」
なんだよ、これじゃ日本と変わらないじゃないか。
この男女の高等な駆け引きに、2か月かけてやっとレベル3になったばかりのフィリピン英語じゃ厳しすぎる。言いたいことが言えない。伝えたいのに伝わらない。話せば話すほどもどかしく、悔しかった。
すると突然、音楽が止み、一旦静かになった。気づくと、近所の子供たちも屋上に集まっていた。そしてカウントダウンが始まった。
「ファイブ フォー スリー ツー ワン Happy New Year!」
バンコクの夜空に大量の花火があがった。
ドミトリーにいる人は国籍関係なくハグをしてニューイヤーを祝った。
俺も負けじとハグをした。
46年間、「ザ、日本人」だったのに、ここぞとばかりにハグをした。
たぶん、一生分のハグをしまくった。
こうやって俺は、新しい年を迎えた。
翌朝、つまり日本でいう元旦。
目が覚めるとAちゃんからFacebookメッセージが入っていた。
Aちゃん「今日、大丈夫だよ。なんか食べたいものある?」
俺 「タイスキっての食べてみたいな」
Aちゃん「どこか知ってる?」
俺 「MK Gold Restaurant Sala-Dangってレストランが有名みたい」
Aちゃん「OK 私が予約しとく。19時で良い?」
俺 「じゃあ19時にお店で!」
イギリスに留学経験があり英語が堪能な彼女に予約を任せた。気を使わなくてもいいのが元カノのいいとこだ。
ユーミンの『A HAPPY NEW YEAR』の歌詞みたいに、今年始めて会う人が元カノA ちゃんになった。なんとも運命的だ。
夕方になると、俺はシャワーを浴び、髭をそった。洋服はアウトドアの黒を選び、それに着替えた。
「元旦デートだ!」
ドミトリーの受付、ジェンがGrabというタクシー配信アプリを使いタクシーを呼んでくれた。このアプリに登録している運転手は英語が話せる人が多いらしい。
俺は何不自由なく少し早めにタイスキレストランに到着し、元カノを待った。約束の時間が少し過ぎてから彼女がやってきた。
Aちゃん「ごめんねー、遅れて」
俺 「いやいや大丈夫だよ。予約ありがとね」
Aちゃん「結構、人気で混んでるみたいね。予約しておいて良かった」
Aちゃんはちゃんと化粧をしていて、空港で会った時よりも一段と綺麗だった。
異国の地での偶然の再会。
しかも南国で運命の再会。
刺激的な夜に、料理もこれまたスパイシー。
恋の炎が再熱するにはこれ以上にない、絶好のシチュエーションだった。
あとは流れに身を任せる。
後ろから吹いてきた優しい風に、俺は心地よさを感じ始めていた。
ところが突然、彼女の隣に身長が180センチ近くあるイケメンが現れた。
Aちゃん「あ、紹介するね。旦那さんです」
俺 「…………………………」
俺は一瞬、言葉を失った。
えっ、旦那?
ユア ハズバンド??
旦那 「初めまして」
俺 「……は、初めまして後藤と申します」
悪魔だ!
俺は心の中で思わずそう叫んだ。
神様のいたずらで再会したと思ってたのに、Aちゃんは旦那を連れてきていた。
歯磨き粉のキャップの時と同じくらい急な展開じゃねーか。
つか、歯磨き粉のキャップってなんだよ!
今さらだけど、むかつくなぁ!
まぁ、18年前の話か。
つか、結婚してたのね。
考えてみればあれから18年経ってる訳だから、当然してるよね。うん……。
俺は混乱した頭をもう一度整理整頓し、状況を飲み込んだ。そして、瞬間的になんとか立て直し、カッコつけてこう言った。
俺 「結婚したんだね」
Aちゃん「うん。2年前に。今、旦那とパリに住んでるの」
Aちゃんは数年前にパリ在住の日本人の旦那さんと結婚し、現在はパリを中心に世界中の映画の仕事をしてるとのこと。今回は夫婦でプロデューサーとして映画製作に携わり、バンコクにいるとのことだった。
Aちゃん「ごっつはね、最近離婚して、世界一周の旅をしながら花嫁探しをしてるのよ」
旦那さん「へー、面白い。今度、パリにも来てくださいよ」
俺 「はい。もしパリに行ったら連絡しますね」
それから3人で酒を飲んだ。
下北沢の「餃子の王将」のように、謎の展開になってきた。
旦那さん「フランス人のSEX感はオープンで日本ほど閉じてないかなぁ」
俺 「確かに日本人はジメっとしてるかも。それが良さでもあるけどね」
Aちゃん 「うーん。日本人と比べるとタイは圧倒的にオープンだよね」
3人で、日本人、フランス人、タイ人のSEX感を語り合った。話してるうちに、俺はちょっと不安になった。
「きっと旦那さんは俺たちが昔付き合っていたことを知らないだろうな。いや知っててあえてこんな話を……?」
2016年は元旦早々、元カノの旦那に全力で気を使いながらタイスキを食べ『自らのSEX感を元カノ夫婦の前で語る』という謎の幕開けで一年が始まることになった。
相変わらず面白いなぁAちゃん。
その翌日、FacebookにAちゃんからメッセージが入った。
Aちゃん「昨日はどうもでしたー。ところで、5、6日の深夜、映画に出てもらえたりするかしら?」
さらに、まさかの急展開。
俺は元カノから映画出演のオファーを受けた。
あの後、夫婦で話し合い、何か俺にピンとくるものがあったのかもしれない。
俺 「いいよー。暇だし」
撮影当日。俺は役を聞かされないまま、22時に日本人歓楽街に向かった。
映画は最小限の人数で撮影されていて、撮影スタイルは臨機応変なゲリラ式だった。
現場で助監督の面接を受けた。
「何時になるかわからないけどここに待機しておいて下さいね」
そう言われ、廃墟ビルの一室に通された。
俺は役作りのため、なんの役かを知る必要があった。
というより、Aちゃんが久しぶりに会った俺を見てどんな役にピンと来たのか興味があった。
俺 「Aちゃん、呼んでくれてありがとう。勉強になる。で、ところでなんだけど、俺って何の役なの?」
Aちゃん「言ってなかったっけ? ごめんごめん。ごっつはね『バンコクに風俗を買いに来た田舎者』の役だよ」
なるほど……。
『バンコクに風俗を買いに来た田舎者』か。
元旦にバンコクで自信満々にSEX感を語る元彼を見て、「この人、この役行けるかも?」って思ってたんだな。なるほどなるほど……。
相変わらず面白いなぁAちゃん。
監督からの演技指導が始まった。
俺は日本人街に女を買いにきた田舎者のTHE観光客。ポン引きに激しく勧誘されるが、途中から面倒くさくなって無視して去っていくというシーンだった。
深夜の歓楽街には多くの水商売の女たちを中心としたギャラリーが見守っていた。
俺は一回リハーサルをやり、すぐに本番となった。
いつもは演出しているのに今日は演出される側になった。
生まれて初めての経験だ。
ガチガチに緊張しながら本番を迎えた。
俺は、主役の男の人が結構真面目に俺を見つめてくるのを見て、「この人自分に酔ってるな~」と笑いたくなったが必死にこらえた。
ずっと演出しかしてなかった俺は、本気で役作りをしている役者の真剣さを演者として目の当たりにし、その圧倒的な威圧感に飲み込まれてしまったのだと思う。
結果は一発OK。
深夜2時に俺だけクランクアップになった。
生まれて初めての映画出演が、あっさり終わった。
Aちゃん夫妻と撮影隊に別れを告げ、一人バンコクの夜道を歩いていると、なんだかやりれない気持ちになった。
Aちゃん夫婦は、仕事しながらもどこかお互いが深く信頼しあっていた。
俺の夫婦は共に小さな制作会社を切り盛りしながらも、その信頼関係が破綻した。
Aちゃんと旦那さんの間には、18年前の俺にはたどり着けなかった深い愛がそこにはあった。きっと旦那さんが歯磨き粉のキャップを閉められなくても、二人の関係はうまくいくだろう。
俺、素を見せ、自分をさらけ出した女性とうまくいかないな。
俺、人間性に問題があるのかな?
俺、何を怖がってるんだろう?
旅に出て初めて「離婚の原因」について深く考えた。
すると、離婚直後の壮絶な心の痛みが襲ってきた。
やばい。
飲み込まれる。
深い闇が心を支配しようとしていた。
断ち切らねば!
逃げよう!
こんな日に、女の子のいる店なんか行きたくない。
俺はニューハーフのいる「ゴーゴーバー」で一人飲みすることにした。
俺は朝方まで、心の闇を断ち切るため、酒に溺れた。
考えるな考えるな。
俺は思考を停止させ、酔いに身をまかせた。
踊り狂うニューハーフを眺めながら、アルコールで脳みそを溶かしていく。
深い闇は消えては現れ、また現れては消えるを繰り返した。
ニューハーフたちは狂ったように絶えず踊り続けている。
俺は「狂乱の世界」の力を借りて、「狂気の世界」に飲み込まれないよう
じっと耐え続けた。
バンコクの夜はこうして更けていった――。
次号予告「たそがれおじさんのセンチメンタルジャーニーは無事に立て直せたのか? タイで縦横無尽にいろんなことが動き出す!?」を乞うご期待!
1969年大分県生まれ。明治大学卒業後、IVSテレビ制作(株)のADとして日本テレビ「天才たけしの元気が出るテレビ!」の制作に参加。続いて「ザ!鉄腕!DASH!!」(日本テレビ)の立ち上げメンバーとなり、その後フリーのディレクターとして「ザ!世界仰天ニュース」(日本テレビ)「トリビアの泉」(フジテレビ)をチーフディレクターとして制作。2008年に映像制作会社「株式会社イマジネーション」を創設し、「マツケンサンバⅡ」のブレーン、「学べる!ニュースショー!」(テレビ朝日)「政治家と話そう」(Google)など数々の作品を手掛ける。離婚をきっかけにディレクターを休業し、世界一周に挑戦。その様子を「日刊SPA!」にて連載し人気を博した。現在は、映像制作だけでなく、YouTuber、ラジオ出演など、出演者としても多岐に渡り活動中。Youtubuチャンネル「Enjoy on the Earth 〜地球の遊び方〜」運営中
この連載の前回記事
この記者は、他にもこんな記事を書いています
ハッシュタグ