雑学

「やられた。財布が、ない!」――世界23か国、2年と8か月も続けた「世界一周花嫁探しの旅」をやめる理由

2015年10月から始まった46歳のバツイチおじさんによるノンフィクション巨編「世界一周花嫁探しの旅」ですが、著者の意向によりまもなく完結を迎えようとしています。前回、砂漠のど真ん中で水も持たず遭難してしまったバツイチおじさん。果たしてどのようにしてこの窮地を抜け出したのか? そして、なぜこの旅をやめることにしたのか? 世界23か国にまたがって繰り広げた恋するズンドコ中年の自分探しの旅、今回は最終章第2話をお届けします!

英語力ゼロの46歳バツイチおじさんが挑む「世界一周 花嫁探しの旅」【第43話 さよなら、バツイチおじさん・中篇】

砂漠のど真ん中で一人。逃げ込める建物もなければ水もない。バスもクルマも通らず、助けが来る気配がないまま2時間が経過。俺はそこに横たわり、自分の運命を受け入れようとしました。
その時です。一台の乗用車が走ってきました。初めは幻を見ているように感じました。しかし、幻ではありません。俺はなんとか起き上がり全身で身振り手振りをしました。

「ヘルプミー!ヘルプミー!」

魂で叫びました。

「頼むから俺に気づいてくれ!」

車は止まってくれました。50代くらいの白いムスリムの宗教服を着たおじさんがアラビア語で話しかけてきました。何を言ってるのか全然わかりません。英語と日本語で状況を説明すると、車に乗せてくれくれました。おじさんは運転しながらアラビア語でしゃべりかけ、1.5リットルの水を差し出してくれました。俺はお礼を言うことなく、すべての水を飲み干しました。

「うまい!!」

こんなにおいしい水は人生で初めてだ。水が禁止されてた時代のバスケの夏合宿終わりの水よりうまい!

「サンキュー」

するとおじさんは優しい目でにこりと笑いました。そして、そのままおじさんは病院まで送って行ってくれることに。診断は英語でよくわからないのですが、メニエール病の一種だとのことです。それ以来、この旅ではずっと耳鳴りと目まいに悩まされることとなってしまいました。疲れると必ず発症します。厄介な病気を抱えてしまいました。

敬虔なイスラムの国オマーン。伝統的なイスラムの衣装と信仰深いムスリムの人々に初めは少し警戒心を抱いてましたが、とっても親切なおじさんのおかげで彼らへの印象が変わりました。おじさんの優しい笑顔が今でも頭にこびりついて離れません。

「シュクラン(ありがとうございました)」

【11・12か国目 カタール・ヨルダン】

その後、オマーン国際空港・おまーんこくさいくうこう(下ネタではなく本当にあります)からカタールを経由し、ヨルダンの首都アンマンに入りました。アンマンではコーダホテルという宿に泊まりました。コーダホテルのコーダは2004年にイラクでテロリストに殺害された香田さんの名前を忘れることがないようにと付けられた名前とのことです。(気になったので取材をしましたが、実際はクリフホテルから香田さんは出発したとのこと。しかし、香田さんの名前に追悼の意を表して名前をつけたのではないかとのことです)

イラクでテロリストにより殺害された香田さんの追悼の意を表してつけた名前のホテルとのこと

ここには中東を旅してきたバックパッカーが多く滞在していたため、イスラムの国々を旅する上で割と濃い情報交換ができました。そこで語り合った30代後半の日本人男性はシリア大学出身でアラビア語がペラペラのカメラマンなのですが、テロリスト(おそらくISだと思うとのこと)に捕まり、頭に銃を突きつけられ殺されかけた経験があるとのことでした。彼がシリア大学在学中、別の日本人カメラマンから通訳と現地のコーディネーターを頼まれたそうです。彼はシリア人を一人雇い、自分は通訳としてカメラマンの撮影に協力したそうです。
しかし、街に入り撮影をしていると「不穏な空気を感じた」と言います。アジア人自体が珍しいシリアの村で彼らの噂は確実に広がってしまったようです。戦時下のシリアでは、街並みを撮影するだけで建物やどこに誰がいるかなどの機密情報に当たるとのことでした。そしてついに、銃を持った兵士に捕まったそうです。3人横並びに膝まづかされ、銃を頭に突きつけられました。

「嗚呼、俺、ここで死ぬんだ」

死を覚悟した瞬間、本当に人生が走馬灯のように蘇ったそうです。しかし、同伴したシリア人が「我々はスパイではない」ということを説明し、なんとか解放されたとのことでした。

彼の話を聞き、身が震えあがりました。
少しダレてきていた旅の手綱をもう一度締め直そうと心に誓いました。


しかし、テロリストはテロリスト。イスラム教徒とは全く別物です。過激派はどこの宗教にもいます。そんなのとムスリムの人々を一緒くたに考えるのはただの馬鹿です。オマーンで助けてくれたおじさんはとっても優しかった。俺はもっとイスラム教を勉強しようと思いました。

それからイスラム教徒の気持ちを理解するため、本当はイスラム教しか足を踏み入れてはいけないモスクなのですが、現地で仲良くなったヨルダン人ムスリムのご好意で、勉強という形で許可を頂き、アンマンの中心部にあるフセインモスクで1日5回スラームと呼ばれるイスラムのお祈りに3日ほど参加させて頂きました。
初めはキョロキョロしながら周りのお祈りの仕方を真似ていただけですが、だんだんお祈りの仕方を覚えていきました。ジロジロと怪訝そうな顔で俺を見ていた頑固そうなおっさんたちも徐々に俺を気にしなくなってきました。さすがにアッラーを感じることはできなかったですが、ほんの少しイスラム教徒の気持ちがわかったような気がしました。毎日顔を合わせるとコミュニケーションの回数が増え、相手をよく理解することができます。相互理解は治安を守る上で重要です。「隣人を大切にしなさい」というコーランの一部が少しだけ理解できました。その後、「イスラム教徒にならないか?」とのお誘いを受けましたがお断りさせて頂きました。

「本当に勉強になりました。ありがとうございました」

あと一つ、どうしても読者の皆さんに伝えておきたいことがあります。ムスリムの人は本当に真面目でフレンドリーな人が多いです。ヨルダンの首都アンマンの街を歩いていると「どこから来たの?」とよく聞かれます。「日本です」と答えると「ようこそヨルダンへ!」と男女問わず、みんながにこやかに返答してくれます。日本にいて、外国人に対してそんなこと言う日本人を見たことありますか? ムスリムの人は本当に友好的なのです。厳格なイメージがあるイスラム教徒ですが中東を旅して彼らへの考え方が180度変わりました。そして、旅が終わり日本に戻ったら、日本を訪れてくれた外国人にこう言おうと思いました。

「Welcome Japan!」

アンマンの女の子。とてもフレンドリーな娘が多い

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13か国目は…

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