仕事

37歳女性が目指す“寿司職人”の新境地。子育てとの両立は大変でも「子供の存在がパワーに」

 飯炊き3年、握り8年。時間をかけ、技と匠を極める寿司職人の世界。これまで「男性の仕事」と考えられてきた寿司職人だが、最近では女性も活躍を見せている。  本格的な江戸前寿司を“立喰い鮨スタイル”で提供する「立喰鮨 銀座おのでら」で働く岩井瑞帆さん(37歳)もその一人だ。
岩井瑞帆

女性寿司職人の岩井瑞帆さん(37歳)

 元々は根っからの“ハワイ”ラバーだったという岩井さん。そこから寿司職人の道に目覚めた理由や、女性ならではの苦労を乗り越え、一人前になるために取り組んできたことについて、くわしい話をうかがった。

おにぎり職人から職を転々…

寿司

写真上段:ヒラメの昆布締め、下段左:春子鯛、下段右:自家製煮穴子(提供写真)

 岩井さんは大学時代、寮生活を送っていたが、いっとき体を壊してしまい、何も食べられなくなった時期があったという。  そんな岩井さんを見かねた寮母の方が、焼きおにぎりを作り、食べさせてくれたのがきっかけで、お米が好きになったとか。 「口に入れた瞬間、『こんなにお米って美味しいんだ』と思うくらい感動して、思わず涙が溢れてきたんですよ。実家はお米農家を営んでいるんですが、あらためてお米のすごさに気づいたんですね。  それ以来、自分の中で『おにぎりで人をハッピーにしたい』という思いが募るようになって。大学の卒論も『おにぎりの力』をテーマにした研究をしていました」(岩井さん、以下同)  新卒では旅行会社に就職したものの、おにぎりへの思いを捨てきれずに1ヶ月で退社。おにぎり職人を目指し、関西のおにぎり屋で働き始める。  最初はアルバイト勤務を経験後、大阪の米屋「ガッツ!うまい米橋本」が運営していたおにぎり屋(現在は閉店)に正社員として入り、店長を任されていた。 「職場にも恵まれ、おにぎり職人として頑張っていたんですが、現在のような“おにぎりブーム”ではなかったので、売り上げの目処が立ちませんでした。『おにぎりは安くて当たり前』と言われていた時代で、先々を考えると異業種でキャリアを積んだ方がいいと思い、フェイシャルエステの会社へ転職したんです」  その後、EXILEのファンクラブツアーでハワイを訪れたときに、ハワイの魅力にハマり、現地でツアーガイドの仕事を2年間やることになった。

ハワイ帰国後に目指した寿司職人の道「おにぎりと通じるものがあった」

岩井瑞帆 紆余曲折の人生を歩んできた岩井さんだが、転機になったのはツアーガイドの会社を経営する社長の一言だった。 「日本へ帰国するタイミングで、何をやろうかと考えていたときに『これからの時代、アメリカは寿司職人の需要が高くなる』と社長に教えてもらったことを思い出したんです。おにぎり職人をやっていたので、寿司職人にもなるのもいいなと思い、帰国後は『GINZA ONODERA 鮨アカデミー』へ入学しました」  岩井さんは6期生として鮨アカデミーへ入学。全13名のうち、唯一の女性として寿司職人の基礎や心構えを学習した。 「シャリの仕込みや魚の捌き、握りなどをひたすら学びました。自分は不器用、で、人の倍はやらないと身につかないと思っていたことから、必死に体に染み込ませようと頑張りましたね。  ただ、アカデミーに入って一番良かったのは、『仲間との繋がりを得た』ことです。今でも連絡を取り合うなど、私にとってかけがえのない財産になっています」  おにぎりと寿司の共通点は「ふんわりと握ること」と「一つひとつに愛を込めること」だと語る岩井さん。  アカデミー卒業後、数ヶ月を経て「鮨銀座おのでら 総本店」へ就職が決まった。ここから寿司職人としての修行が始まる。
次のページ
生粋の寿司職人から学んだ「覚悟」と「流儀」
1
2
3
1986年生まれ。立教大卒。ビジネス、旅行、イベント、カルチャーなど興味関心の湧く分野を中心に執筆活動を行う。社会のA面B面、メジャーからアンダーまで足を運び、現場で知ることを大切にしている

記事一覧へ
おすすめ記事
ハッシュタグ