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時代によって異なる“俳優という夢”を諦める年齢

週刊SPA!連載「ドン・キホーテのピアス」<文/鴻上尚史> ―  10月5日から『エゴ・サーチ』の公演が始まっています。もう、チケットは、ネットで申し込みましたか? あら、まだですか? それは珍しい。 『虚構の劇団』でググれば、ネットからチケット買えますからね。4500円ですから。割とリーズナブルでしょう?  若者達と『虚構の劇団』を旗揚げして、丸5年経ちました。5年も経つといろんなことがあるわけです。  一番、違うなあと思ったのは、「俳優を諦める年齢」についてです。僕が20代の頃、先輩の俳優達は、だいたい、35歳ぐらいで俳優を諦めました。大学のサークルから俳優を続けてきたけれど、ずっとバイト生活で、とうとうプロになれなかった。もうダメだ。俳優を生涯の職業にするのはやめよう。と、腹を括るのは、だいたい35歳前後でした。  35歳前後でいきなり社会復帰して、まともな就職があるのか、という問題はもちろんありましたが、俳優を続けていると、不定期のバイトしかできないわけで、ちゃんと就職して、正社員だろうが非正規だろうが、とにかく毎日、一年を通じて働ける職場を探そうと決心したのです。  その頃はまだまだ景気のいい時代で、未来の右肩上がり経済を信じることができましたから、35歳からでも、就職できるとみんな思っていました。  もちろん、大手や有名な企業とはいきませんでしたが、学習塾とか中小企業の営業職とかスーパーとか水商売とか、いろんな分野で先輩達は生涯の仕事を選びました。  僕の時代では、だいたい30歳前後で俳優を諦めました。30歳になることが、ひとつの区切りになっていたのです。  大学のサークルから俳優を続けて30歳になった(なる)。けれど、俳優としての収入はまったく増えない。もうダメだ。ここらへんで諦めよう。  あの当時、僕の周辺では、そう決心して、30歳になる時に俳優をやめていく人達がたくさんいました。 ◆夢にけじめをつけはじめる“25歳”という境界線 夢,人生 そして、今、20代の若者達と劇団を創ってみると、彼ら彼女らは、「俳優の仕事に向いてない」とか「死に物狂いで俳優になりたいとは思えない」とか「俳優を続ける自信がない」とかの理由で、だいたい25歳を過ぎたぐらいで諦めるのです。  この早さは、実に意外でした。本人たちにしてみれば、20歳前後から俳優を続けているので、もう5年以上試行錯誤をしていることになります。5年やって売れないのなら、もう、可能性はないんじゃないかと結論を出すのでしょう。  テレビをつければ、10代の真ん中から20代の前半のアイドルや俳優がガンガンと出演していて、自分はもう25歳を越したということは、こんなに売れる可能性がなくなったと結論する、ということなのかもしれません。  僕が20代の時代は、まだまだ、20代後半でやっとデビューするとか、30代で売れる、なんて人がそれなりにいたような気がします。  それが、いつのまにか、10代の真ん中から後半、ぎりぎり、20代の前半までが、「新人の年齢」になりました。26歳で新人です、と簡単には名乗れなくなったのです。  そういう意味では、ドラマ『セカンドバージン』で注目を浴びた長谷川博己さんや、壇蜜さんなど30代でのブレイクは多くの人の希望となるのですが、実に少数派なのです。  将来における経済の右肩上がりが信じられなくなった現在、30歳まで、「売れない俳優」を続けるというのは、僕の20代の時とは比べ物にならないぐらい、不安なことなのかもしれない、とも思います。  だから、自分がまだ「売り物」になる間に、次の分野に進出すべきだと結論するのでしょう。それは正しい戦略だと思います。25歳を過ぎてやめていく若者を僕は責めません。  実際、俳優とか作家とか演出家なんてものは人気商売で「石にかじりついても続けるんだ」というエネルギーがなければプロにはなれないのです。まずは、溢れるエネルギーや気力や命賭けた野望を持てるかどうかです。そして、やっかいなことに、賢さも同時に必要なのです。  エネルギーと賢さ。昔から求められているものは同じだと思います。ただ、その欠落に気づく時期が早くなったのでしょう。 ●「ドン・キホーテのピアス」最新刊『不安を楽しめ!』が好評発売中
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