番外編その3:「負け逃げ」の研究(7)

 夕食は、岸山さんとご一緒した。

 もう出掛けるのが億劫だったから、滞在するホテルの中華レストランですませた。

 そこで岸山さんからうかがった話は面白かったのだが、書けないようなことばかり。

 とりわけ彼の業界では、東京オリンピック前に、どう「アガリ」となるかがテーマとなっているそうだ。

「例のIOC贈賄がバレて、オリンピックが本当に東京で開催できるのかどうか、わからないし。オリンピックが中止になったらなったで、毎日まいにち2億4000万ベクレルの放射能を大気中にばら撒いているフクシマが理由とされないから、政府も助かるのじゃないですか」

 だって。

「FさんもGさんもIさんも、日本を離れたね」

 と、わたしが共通のカジノでの知り合いを話題にした。

「あの人たちは、もうアガれる人たちだから。おカネを動かした時期もよかった。僕はまだまだ。これからです」

 だそうです。

 わたしの夜は、早い。

 だらだらと酒を飲まない。

 さっさと飲んで、さっさと食べ、9時ごろにはベッドに入っている。

 博奕(ばくち)打ちは、早寝早起き。

 健康な肉体に、健全な博奕勝利が宿る(笑)。

 肘の内側に注射ダコをつくり、徹夜で打っている博奕打ちなんて、長続きしません。

 なにしろ、

 ――早朝のカジノのテーブルには、おカネが落ちている。

 のだから(笑)。

「じゃ、僕は外で飲んできます。IさんがMGMに来ているそうですよ。いちど一緒にメシを食べましょう」

 と岸山さん。

     *          *           *

 早朝のカジノのテーブルには、本当におカネが落ちていた(笑)。

 行くべきところでいけなかった、前日の「悔やみ」がまだ残っている、と感じていたので、手が縮こまり太くは行けない。

 5000HKD(7万5000円)とか1万HKD(15万円)とちまちまと張っていたのに、卓上にはキャッシュ・チップの山ができた。

 一時など、当たるサイドを選んでベットしているのではなくて、わたしがベットするサイドが当たってしまう(笑)、という状態だった。

 朝の6時ころだった。

 隣りの卓で、突然叫び声があがった。

 それまでプレミアム・フロアの打ち手はわたし一人だった。

 ゲームに集中していて気づかなかったのだが、隣りの卓にはいつの間にか歳若い女性が二人坐っている。

 そのうちの一人が、ヘッドホーンについた小型マイクに向かい、

「ヤッ、セイ、ロック」

 なんて、大声で叫び出したのだ。

 テレ・ベッティングである。

 別名「プロシキ・ベッティング」。

 女性二人組は賭博代理人であり、実際の打ち手は電話の向こう側で、開かれたカードの数字をコンピュータに打ち込んでいる。

 世界中のカジノで原則禁止されているのだが、「プライヴェート・ルーム」でのテレ・ベッティングは、事前の許可さえ得れば、マカオでは許されていた。

 そしてプレミアム・フロアは、法的には「プライヴェート・ルーム」と分類される。

 じつはこの滞在のすぐあと(2016年5月)に、博彩監察協調局からの通達で、マカオでもテレ・ベッティングは禁止された。

 おそらく禁止の理由は、テレ・ベッティングでの収支というより、大陸の「反腐敗政策」に絡んだマネー・ロンダリング防止の目的だったのだろう。

 なにしろテレ・ベッティングでは、誰が本当の打ち手であるのか、当局が把握することは難しい。

 テレ・ベッティングは、マカオのジャンケット業者の「売り上げ」の約2割に該当するそうだ。

 だとするなら、これも巨大産業である。

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番外編その3:「負け逃げ」の研究(8)

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PROFILE

森巣博
森巣博
1948年日本生まれ。雑誌編集者を経て、70年代よりロンドンのカジノでゲーム賭博を生業とする。自称「兼業作家」。『無境界の人』『越境者たち』『非国民』『二度と戻らぬ』『賭けるゆえに我あり』など、著書多数。