番外編6 闘った奴らの肖像:第1章 第1部 待てよ潤太郎(18)

 経緯をお知りになりたい方には、やはり『無境界家族(ファミリー)』(集英社文庫)のご高覧をお奨めする。

 自分で言うのは、おかしいかもしれない。しかし、20年近くも昔に書かれた雑誌連載であるにもかかわらず、近代の捏造物である「国家」とか「国民」とかいった怪しげなものの本質を、よく経験的・実存的に抉(えぐ)り出した本だ、と感じる。当時の商業雑誌が、よく掲載してくれたものだ。

 連載を纏めて上梓したあと、なにが驚いたかといって、歴史学の泰斗(たいと)・網野善彦にこの本は絶賛されてしまった(網野善彦『日本とは何か? 日本の歴史00』講談社学術文庫)。

「国家」だとか「国民」だとかの近代の捏造物の怪しさをテーマとした本は、西川長夫の一連の名著作以降、人文社会のジャンルで数多く出版されるようになる。

 学問的な裏づけなどまったくなかったのに(=チューサン階級)、わたしも「先駆者」の一人となったのか(笑)。

 さて、バースでのわたしの賭博生活だ。

 近代以前からのギャンブル都市であるバースには、さすがにあちこちに賭博ハウスがあった。

 正規にライセンスを受けたもの、ライセンスなし(つまり非合法)で開帳しているもの、とよりどりみどり。

 どういう手筈なのかわたしには不明だが、合法のほうはもちろん、非合法の方にも手入れがかからない。「伝統」とかというやつのせいらしく、とにかくそういうことになっていた。

 ついでだから、バースにおけるものだけではなく、英国の刑法史的な賭博事情も簡単に説明しておく。

 英国では、リチャード2世による有名な『賭博禁止令』(1388年)以降、20世紀中期までに大きなものだけで25ほどの賭博を禁ずる法令が成立した。

 しかし法令くらいのものでは、ヒトは博奕を打つことを止めやしない(笑)。

 ヒトは、入牢・資産の没収・重労働・流刑、そして時としては死罪を覚悟してまで、博奕を打ちつづけたのである。

 なぜか?

 このあたりは、わたしがよく引用するチャールズ・ラムの言葉で説明するしかあるまい。

 ――ヒトは賭けをする動物である、

 のだから。

 だいいち、自らも『賭博禁止令』を発布したヘンリー8世は、ダイス賭博でスランスの貴族に、セントポール寺院の大鐘を奪われている。まあ、だから『賭博禁止令』を出した、とも言える。

 繰り返すが、どんなに厳罰で脅そうとも、ヒトが博奕を止めることはなかった。

 で、結局どうなったのか。

 英国政府は、全面的な敗北宣言を公布したのである。

 1960年の、大々的かつ圧倒的な敗北宣言だった。

 ――ヒトの死にかかわるものを除外して、すべての種類の賭博を許可する。

 公的機関として『ギャンブリング・ボード』というものがあり、そこからライセンスを得られれば、どんな対象でも賭博として成立させる業者(ブッキー)になってよろしい、ということである。

「ヒトの死にかかわるもの」という奇妙な例外条項は、歴史的賭博阿鼻叫喚地獄の遺産だった。(つづく)

⇒続きはこちら 番外編6 闘った奴らの肖像:第1章 第1部 待てよ潤太郎(19)

2020.10.29 | 

PROFILE

森巣博
森巣博
1948年日本生まれ。雑誌編集者を経て、70年代よりロンドンのカジノでゲーム賭博を生業とする。自称「兼業作家」。『無境界の人』『越境者たち』『非国民』『二度と戻らぬ』『賭けるゆえに我あり』など、著書多数。