大企業は江戸の「石門心学」に学べ――「富の主は天下の人々なり」という考え方

江戸時代に商業道徳を説いた石田梅岩

<文/佐藤芳直>

 商業道徳というのは、それぞれの国のそれぞれの考え方を明確に表すものである。日本の庶民の哲学を形作った江戸時代の思想家、石田梅岩の石門心学は、江戸期の規範の一つだった。石門心学というのは、石田梅岩が開いた庶民の道徳論である。武士階級には武士道があったが、庶民には心学があったのである。

 石田梅岩は元々商人である。したがって自分の商人道の中で一般庶民の道徳を説いてきた。石田梅岩の考え方でとても大事な考え方がある。

 富の主(あるじ)は天下の人々なり(『都鄙問答』)

 富の主人は世の中の人々だという考え方である。これは18世紀の言葉である。 「富の主は天下の人々なり」ということは、倹約はいいがケチはダメだということだ。蔵の中にどれだけ千両箱を積み上げても天下のためにはならない。貯めこんだお金を世の中に回さなければいけない。なぜならば、主は天下の人々だからである。

東京・丸の内のビル群

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 このような考え方から逸脱しているのが、現在の末期症状的な資本主義である。企業の留保利益は過去最大を更新し続けている。このうちの2割でも世の中に還元されれば、おそらく多くの福祉問題、社会問題は、大きく改善されるのではないだろうか。また、非正規雇用者の問題も解決するであろう。

利益を上げるのは正しい。ただし……


 ヨーロッパで、利益を出して資本を蓄積することが、キリスト教の教えに背くものではないとされるようになったのが17世紀頃であった。それまでは利益を上げることはとんでもない不道徳であり恥ずべきことだ、公平に商売すべきだと考えられていたのだ。

 同じ頃、日本では石田梅岩が、商人が利益を上げることの何が悪いのか、利益があるから武士も職人も農民も潤う。利益を上げることは正しいと唱えていた。

 さらに梅岩は、その時に利益を上げる人、お金持ちはたった一つのことを考えなければいけないと言った。それは「富の主は天下の人々なり」ということだ。富の主は天下の人々だということを考えて、商いをしなさいと唱えた。

倹約はいいがケチはダメ


 財務省が平成28(2016)年6月に発表した1~3月期の法人企業統計(金融・保険業を除く)によると、「利益剰余金」は3月末時点で前年同期比6%増の366兆6860億円だ。

 この「利益剰余金」というのは、企業が内部に溜め込んでいる利益、内部留保のこと。このぶんは、企業が金持ちになるだけで、市場にはまったくお金が回らない。

 「富の主は天下の人々なり」という発想が欠如しているために、世界の富が行き詰まっているのである。

強欲が栄え続ければ、何かが綻ぶのが歴史の法則


 もっと問題なのは、経営者と従業員の給与格差である。中小企業の場合、新入社員の給与と経営者の給与は最大、30倍ぐらいが妥当で、50倍もらっていたらもらいすぎだということを松下幸之助さんから教えてもらったと、舩井幸雄先生は話されていた。

 現在、国内の上場企業約3500社の内、役員と従業員の平均年収の差が10倍を超える企業は約100社あり、上位10社のそれは約25~80倍になる。一方、アメリカの最高経営責任者(CEO)の報酬と従業員の平均給与の差は、約300倍と格段に大きい。

 これはどちらが正しくて、どちらが間違っているという話ではない。それぞれの経営者の判断である。ただ、強欲が栄え続ければ、何かが綻ぶ。それは歴史の法則でもある。

 石田梅岩が唱えた「富の主は天下の人々なり」と考えるならば解決する社会的な問題が、たくさんあるということだ。アメリカのオバマ前大統領が発言したグリード(強欲)と言われる資本家たちでは到底思いつかない哲学であろう。

【佐藤芳直(さとう・よしなお)】
S・Yワークス代表取締役。1958年宮城県仙台市生まれ。早稲田大学商学部卒業後、船井総合研究所に入社。以降、コンサルティングの第一線で活躍し、多くの一流企業を生み出した。2006年同社常務取締役を退任、株式会社S・Yワークスを創業。最新刊は『なぜ世界は日本化するのか』(育鵬社)。

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