旧石器時代の研究は複雑怪奇(7)――一部の考古学者の「強い思い込み」

縄文時代の暮らしを再現した新潟県立歴史博物館の展示

縄文人は「本当に」怒ってるのか?


 日本の一部の考古学者には、「強い思い込み」を持っている人がいる。戸沢充則をたびたび俎上に載せて恐縮だが、彼は「縄文人は怒ってる」と題した序文で、次のように記述する。

 縄文文化は世界の“五大文明”の一つだというイメージをふりまいて、その担い手である縄文人をほめ殺しにするかのような歴史教科書が世に現れました。(戸沢充則著『語りかける縄文人』新泉社、平成19年)

「縄文人が怒ってる」根拠を示せと思わず突っ込みを入れたくなる一文であるが、それは野暮になるので言うまい。また、同書では次のように綴る。

(西尾幹二氏などの記述は)縄文土器は世界最古の土器であるというようなことを強調し、青森県三内丸山遺跡を前面に押し出して、食物の栽培が行われ、外洋航海も盛んで……などの説明があり、縄文文化はきわめて進んだ文明の時代のものだということを印象づけさせます。(中略)わたしはこういう言葉を聞いて何か戦前の歴史教育で叩き込まれた、「日本は神国であり、アジアを治める盟主である」という、あの八紘一宇の考え方を思い出します。(前掲書、53~54ページ)

 ここで戸沢が八紘一宇を持ち出すのは、本連載の3回目で紹介した山内清男が芹沢長介を批判した視点とまったく一緒である。

 戸沢は、「縄文人が怒ってる」と憤っているが、実際の歴史的事実と評価はどうなのか。縄文土器が世界最古の土器の一つであることは、まぎれもない歴史の事実であり、また三内丸山遺跡に見られる縄文時代の先進性は、日本の学者のみならず、欧米の学者から高い評価を得ている。(『日本という物語』をどう伝えるか【第4回】――日本文化の基層としての縄文文化――を参照)

徒弟制度で「物言えば唇寒し」


 考古学の世界は、教官と学生が長期にわたり遺跡の発掘作業を行うため、他の学問より徒弟制度が強いと言われる。また学閥意識が強く、自分たちが発掘した遺跡は「シマ」であり、よそ者の他大学を容易に寄せ付けない雰囲気がある。確かに遺跡近くに立てられた博物館なり資料館の館長や学芸員などは、発掘した大学の出身者で占められることが多い。

 そのため、指導教官の学説に反することを言えば干されてしまい、就職先がなくなる恐れがある。「物言えば唇寒し」の世界である。

 先述した旧石器捏造事件において、藤村新一氏の暴走を許してしまった背景には、こうした徒弟制度や長老たちへの遠慮、さらに学閥意識や他大学への発掘の成果に口を出しにくい風潮があったのではないか。

 さて、近年の考古学の世界は、平成12(2000)年11月に起きた旧石器捏造事件のトラウマから徐々にではあるが立ち直りつつあるように思える。例えば、松藤和人(まつふじ・かずと、1947年~)同志社大学教授を団長とした学術発掘調査団が平成21(2009)年、島根県出雲市の砂原(すなばら)遺跡で36点の石器を発見した。地質学の手法も導入して発掘された石器を含む地層を詳しく調べたところ、中国大陸から飛来した黄砂や島根県の中央に位置する三瓶山(さんべさん)から噴出した火山灰などの地層が堆積しており、最終的に石器は11~12万年前のものだとする報告をまとめた。

 これは、現段階で中期旧石器時代の国内最古の石器と位置付けられ、捏造事件とは無関係だった岩手県遠野市の金取(かなどり)遺跡の9万年前とされる石器を上回る古さとなる。学界では、年代認定について慎重に検討が行われている。

 松藤和人氏は次のように言う。
「本来、研究とは先入観に束縛されず、自由な発想で取り組むべきものです。現在の考古学会は旧石器捏造事件から続く、『羮に懲りて膾を吹く』ようなスタンスから脱却する必要があります。隣接分野の研究者と垣根を超えて連携し、多様な観点から証拠を積み重ねることで、4万年以上前にも旧石器人が日本に存在したことを私はこれからも立証していきたい」(【日本列島における「人類史の起源」を追い求めて】同志社大学リエゾンオフィスニューズレター「LIAISON」vol.49 、平成28年8月発行より)

 この松藤氏の言葉が、すべてを言い表しているように思える。日本の旧石器時代の研究が、強い思い込みを排し、旧来の徒弟制度や学閥意識を乗り越え、人類学を含めた学際的な研究により前進し、歴史の真実に迫ることを期待してやまない。

 なお、このニュースサイトでは、【旧石器時代「岩宿遺跡」発見の人間模様】と題して5回の連載を行っているので合わせてご覧いただければ幸いです。(了)

(文責=育鵬社編集部M)




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