中華思想なんてない。日本の視点で捉える中国史!

天安門

GHQと偏向教育


 戦後のGHQの改革の中で、最も「成果を上げた」ものの一つに教育改革がある。日本を統治したGHQは戦前の日本社会を否定した民主化教育という名の「反日的教育」を主導して日本の教育界を変革した。

 このGHQは、戦前の軍国主義を一掃するために、教師のなかで軍国主義的だったと指摘された者を追放していった。そして教科書の内容も「民主的」に大きく変わった。

 GHQの教育改革を現場で実践した日教組。これによって日本の教育界には計り知れない影響をもたらしたが、この教育は60代の団塊世代を中心とした日本人の多くに、今でも刷り込まれている。

中国に媚びる団塊の政治家


 日本の歴史・伝統がことごとく悪いという自虐教育と並行して強調されたのが、アジアへの加害者意識、とりわけ中国、韓国(北朝鮮)に対しての贖罪意識だ。

 戦争に対する加害者意識から、教育界だけでなく、マスコミも同様に、中国・韓国・北朝鮮人のいうことは聞き、彼らが嫌がることはいわない、つまり媚びへつらうことが当たりまえとなっていった。

 近年では、特に中国に対して、反日暴動にも強い抗議はせず、南シナ海での基地建設やチベット・ウイグル人への人権弾圧などは、なかったかのごとく沈黙し、中国を崇め奉る。

 今では、その名前を出すのも恥ずかしい首相時代の菅直人。彼と官房長官の仙谷由人は団塊の世代で、菅直人は首相になっても「卑屈な中国観」を持ち続けた。

 例えば、2010年11月のAPECの際に開かれた胡錦濤主席との日中首脳会談。そこで、なんと菅首相は、冒頭の挨拶から、下を向いてペーパーを読んでいるのだ。それを睥睨する胡錦濤主席。

 同年9月、尖閣諸島沖で中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突する事案が発生しているが、菅総理はクレームをつけるどころか、会談の挨拶のなかで、「日本と中国は一衣帯水の関係だ」との卑屈な態度で胡錦濤を迎えたのだ。

 小沢一郎の「中国服属訪問」もそうだが、政治家の多くも、中国には媚びへつらう輩が多い。歴史を踏まえて国と国の関係をつくっていく立場の政治家が、このような姿勢では、中国側が内心、日本をバカにしていても不思議ではない。

 つまり、中国側からすると、自分たちの思い通りに事を運ぶことができると思うのが普通だろう。

 だから、「相手の嫌がることはしない」といった福田康夫元首相などは、「南京虐殺記念館」に行き、安倍首相をディスることで中国に阿るのだろう。

 戦後教育で浸透した「日本史を中国史の断片のように見る」歴史観。私たちはこれを払拭する必要がある。八幡和郎著の『中国と日本がわかる最強の中国史』では、中華思想に基づく歴史を無批判に受け入れるのではなく、日本の視点から戦略的に中国を捉えている。




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