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“サバイバー・シリーズ”誕生秘話――フミ斎藤のプロレス講座別冊 WWEヒストリー第71回

 “サバイバー・シリーズ”というイベント名には文字どおり“生き残りをかけた闘い”という意味がこめられていた。WWEが“サバイバー・シリーズ”第1回大会を開催したのは1987年11月26日。それはWWEとNWAクロケット・プロ、ビンス・マクマホンとジム・クロケットJrの最後の闘いのはじまりだった。

サバイバー・シリーズ

“サバイバー・シリーズ”第1回大会は、NWAの年間最大PPV“スターケード”に対するカウンターとしてプロデュースされた、文字どおり“生き残りをかけた闘い”だった(写真は「サバイバー・シリーズ」PPV番組告知ポスターより)

 NWAクロケット・プロの年間最大のイベントは、毎年11月のサンクスギビング・シーズンに開催される“スターケード”。1987年4月にルイジアナのUWF(ビル・ワット派)を買収したNWAクロケット・プロは同年夏、団体のオフィスをノースカロライナ州シャーロットからテキサス州ダラスに移転し、これと同時に“スターケード”の開催地をグリーンズボロから大都市シカゴへと変更。イベント名も“スターケード/シャイタウン・ヒート”に改称した。

 シャーロットからダラスへのオフィス移転はメジャー団体としてのイメージ戦略であり、“スターケード”のグリーンズボロからシカゴへの開催地変更もWWEへの対抗意識からであったことはいうまでもない。1983年の第1回大会から“スターケード”をサポートしてきた南部のファン、とくにノースカロライナのファンは、NWAクロケット・プロのこういった動きに困惑した。

 NWAクロケット・プロが11・26PPV“スターケード”の開催を正式にアナウンスすると、WWEも同日・同時間帯のPPV開催を急きょ決定した。PPV放映のプラットホームとなるケーブルTV局各社は“サバイバー・シリーズ”と“スターケード”をセット価格で販売するプランを立てた。

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“世紀の一戦”を有料視聴したという驚異的なデータ

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