WWEとPPVプロバイダーが衝突――フミ斎藤のプロレス講座別冊 WWEヒストリー第87回
しかし、こんどはPPVプロバイダーのリクエスト、ビューアーズ・チョイスの大手2社がTBSに“WWEつぶし”を提案した。テレビ業界は、WWE1団体による事実上のPPV市場独占を懸念した。
ビンスはすぐに反撃を開始した。NWAクロケット・プロからターナー傘下のグループ企業に模様替えしたばかりの新団体WCWは、1989年のPPV第1弾として“シャイタウン・ランブル”(1989年2月20日=イリノイ州シカゴ、UICパビリオン)をプロデュースしたが、WWEはその2日まえ、同じシカゴのローズモント・ホライズンでオールスター・キャストのスーパーショー(ノーTVのハウスショー)を開催した。
WWEのスーパーショーは1万9000人の大観衆(興行収益21万3000ドル)を動員し、リック・フレアー対リッキー・スティムボートのNWA世界戦をメインにラインナップしたWCWの“シャイタウン・ランブル”の観客動員は7900人(同6万8700ドル)という微妙な数字だった。
その後、WWEとPPVプロバイダーは和解し、契約に合意。しかし、ターナー・グループもそのままは引き下がらず、“レッスルマニア5”と同日・同時刻にケーブル特番“クラッシュ・オブ・チャンピオンズ”の放映を決断したのだった。(つづく)
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文/斎藤文彦 イラスト/おはつ
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