忍び寄る“ステロイド裁判”の黒い影――フミ斎藤のプロレス講座別冊 WWEヒストリー第109回
それは1枚の写真からはじまった。ハルク・ホーガンとビンス・マクマホンとあまり見慣れないスーツ姿の中年男性が3ショットの記念撮影におさまっていた。
男性の名はジョージ・T・ザホリアン三世。ペンシルベニア州ハリスバーグ在住の外科・泌尿器科の医師で、同州のアスレティック・コミッション公認ドクターをつとめていた人物だった。
治療・リハビリなどの医療目的以外でのアナボリック・ステロイドの処方、流通・販売を違法(フェロニー=重罪)とする新しい法令が施行されたのは1988年11月。ザホリアン医師の自宅兼クリニックにFBIの家宅捜索が入ったのが1990年3月。FBIはステロイドの流通・販売にからむ17件の罪状でザホリアン医師を立件、起訴した。
FBIがザホリアン医師の自宅から押収したダンボール箱数百個分の証拠物件のなかからステロイドの発送に使ったとみられるフェデラル・エキスプレス(宅配便)、速達郵便の伝票がみつかった。ザホリアン医師の“顧客名簿”にはロディ・パイパー、ブライアン・ブレアー、ダニー・スパイビー、リック・マーテルといったプロレスラーの実名が記載されていた。
インターネットもEメールもなかった時代のビジネスのコミュニケーション・ツールはもっぱら電話とFAXだった。ザホリアン医師のオフィスには“通信販売”の事実を裏づけるFAXと手書きのメモがそのまま残されていた。
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