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「誰かに似てるって言われて喜ぶ人なんていない」――爪切男のタクシー×ハンター【第二話】

 前置きが罰当たりになったが、ようやく今回のタクシーの話である。  その日の運転手は細目が印象的なおじさん。優しい雰囲気としっとりとした情感をたたえたその佇まいは、まるで観音菩薩像のような落ち着きであったが、時折見せる鋭い目つきが、獲物を狙う鷹のように鋭かった。そして、そんなことがどうでもいいぐらいに演歌歌手の五木ひろしにそっくりだった。  タクシーの運転手といえば、勤務中に自分が体験した怖い話を一つぐらいは持っているイメージがどうしても強い。乗客から怖い話をリクエストされることも多いだろう。「またか……」とウンザリされるかもしれないが、あえて話を振ってみた。 「タクシーの運転手さんって幽霊を乗せたとか心霊体験をされた方が多いイメージあるんですけど、運転手さんも何かありますか?」 「そうですねぇ……同僚にはそういう体験した奴もいますけど、私は霊感とか全然無いもので……すいません」 「とんでもないです。僕も全く霊感が無くて幽霊見れないんですよね。幽霊を見る為に努力はしているんですけどね……」 「ん? 努力とは?」  私は運転手に話した。最近、生きている女性が信じられなくなり、幽霊とセックスがしたくて仕方がないということを。  私は話した。女の幽霊を呼び寄せる為、就寝時に「自業自得じゃ」とか「女々しい女だよ」とか幽霊の悪口を言ってから寝ることを。  私は話した。もし幽霊が出て来たらセックスしやすいように全裸で寝ていることを。  私は話した。エチケットとして枕元にコンドームを二個置いてあること、二個あるのは二回したいからだということを。  私は話した。どうせするならエロい幽霊の方がいいと思い、阿部定の悪口を言ってから寝たあの夜のことを。  運転手は私の話を黙って聞いてくれたが、その顔は幽霊を見た時のような少し怯えた顔をしていた。 「ありがとうございます。お客さんが幽霊に会いたくて仕方ないのはよく分かりました……」 「とんでもないです。聞いてくれてありがとうございます」 「良かったら……大幅なルート変更をしたら、幽霊が出ることで有名な千駄ヶ谷トンネルを通れるんですけど……行きますか?」  私の話に引いてるのかと思いきや、自分にできる最高のサービスを提供してくれたこの運転手こそタクシー運転手の理想である。鑑である。閉所恐怖症にパニック障害を抱えている私にとって、トンネルは、ただ恐怖を感じる場所でしかないのだが、この運転手の気持ちに応える為、恐怖心を抑え込み、トンネルに向かうことにした。
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墓地の下をトンネルが通っているという珍しいトンネルへ
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死にたい夜にかぎって

もの悲しくもユーモア溢れる文体で実体験を綴る“野良の偉才”、己の辱を晒してついにデビュー!

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