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人生の岐路に立たされたときこそ“テキトーな占い師”を頼りたい――爪切男の『死にたい夜にかぎって』<第8話>

 さまざまなタクシー運転手との出会いと別れを繰り返し、その密室での刹那のやりとりから学んだことを綴ってきた連載『タクシー×ハンター』がついに書籍化。タクシー運転手とのエピソードを大幅にカットし、“新宿で唾を売る女”アスカとの同棲生活を軸にひとつの物語として再構築したのが青春私小説『死にたい夜にかぎって』である。切なくもユーモア溢れる文体で実体験を綴る“野良の偉才”爪切男(派遣社員)による新章『死にたい夜にかぎって』特別編、いよいよ開幕。これは“別れたあのコへのラブレター”だ。

爪切男の『死にたい夜にかぎって』

【第八話】占う二人


「一生のお願いです。水晶玉を買ってください」

 老舗旅館の女将のように両の手のひらを床につけ、深々とお辞儀をするショートボブの女の子。同棲して五年目になる彼女の名前はアスカという。長年患っている心の病が原因で仕事を辞め、現在は自宅療養中の身だ。精神安定剤の減薬に挑戦しており、その副作用でしばしば錯乱状態に陥ることがあったが、本日の精神状態はいたって良好のようだ。この女、本気で水晶玉が欲しいらしい。

 こうなってしまった理由には思い当たるふしがあった。実はここ数ヶ月の間、私とアスカは近所にあるオカルトおじさんが経営する喫茶店に足繁く通っていた。一見普通の純喫茶なのだが、マスターのおじさんが悪魔信仰や占星術にハマっており、「悪魔に興味をお持ちの方はお声がけください。コーヒーとケーキを無料で差し上げます」という天使のようなサービスをやっていた。私達は悪魔崇拝者のふりをしておじさんに話しかけ、ほぼ毎日美味しいコーヒーとケーキを無料でもらっていた。アスカはおじさんお手製のアップルパイに、私はチョコレートケーキの虜になっていた。話を右から左へ受け流していたつもりだったが、知らないうちに愛する彼女がおじさんの悪魔教に入信したのかもしれない

「アスカ、まさかあの宗教に入信するのか? まぁ、お前がどうしてもって言うなら話は聞くよ」
「へ? そんなわけないじゃん」
「違うの?」
「あんなレアな宗教に入らないよ。どうせ入るならメジャーなのがいい」
「なんだ、心配して損した」
「えへへ、心配してくれてありがと」
「それなら、なんで水晶玉が必要なの?」
「うん、今度ね、友達がフリーペーパー作るの。その本の占いコーナーを私に書いて欲しいって!」
「……お前って霊感強かったっけ?」
「全然ない。でも適当に書いていいらしいから、それならやってみようかなって」
「なるほどねぇ」
「せっかくだから、占い師っぽい物でも買おうかなって。それに水晶玉買ったら不思議な力が目覚めるかもしれないじゃん」
「……」
「ねぇ、水晶玉買って」
「ビー玉でやれ」
「ねぇ、水晶……」
「ビー玉でやれ」
「……」
「ビー玉なら買ってやる」
「この甲斐性なしが、死ねよ」

 アスカには冷たい態度を取ってしまったが、占い自体は大好きだ。当たる当たらないよりも一種のエンターテインメントとして面白い。何の根拠もない占い師の言葉に一喜一憂することができるのは、今が平和な時代であることの証明なのだ。少しひねくれた見方をしている私だが、人生を左右する大事な決断を占いに頼ったことがある。

 二〇〇二年、九州の大学を卒業して地元の香川県に戻った私。せっかくもらった就職の内定を蹴っての里帰りに家族は呆れかえっていた。勤めるはずだった会社は、九州ではそこそこ有名な帽子屋さんで、六階建ての自社ビルを持つ大手だった。しかし、よく考えてみるとヤクザよりえげつないことでもしないと帽子の売上だけでビルを建てるなんて不可能だ。もしかしたら恐ろしい会社なのかもしれない。えも言われぬ恐怖を覚えた私は内定を辞退してしまった。今となってみれば、素直に入社しておけばよかったなと少し後悔している。

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一人暮らしは東京か京都のどちらかにしようと決めていた

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死にたい夜にかぎって

もの悲しくもユーモア溢れる文体で実体験を綴る“野良の偉才”、己の辱を晒してついにデビュー!




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