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コインランドリーでゴムをばらまく“コンドームおじさん”を追え!――爪切男の『死にたい夜にかぎって』<第6話>

 さまざまなタクシー運転手との出会いと別れを繰り返し、その密室での刹那のやりとりから学んだことを綴ってきた連載『タクシー×ハンター』がついに書籍化。タクシー運転手とのエピソードを大幅にカットし、“新宿で唾を売る女”アスカとの同棲生活を軸にひとつの物語として再構築したのが青春私小説『死にたい夜にかぎって』である。切なくもユーモア溢れる文体で実体験を綴る“野良の偉才”爪切男(派遣社員)による新章『死にたい夜にかぎって』特別編、いよいよ開幕。これは“別れたあのコへのラブレター”だ。

コインランドリーでゴムをばらまく“コンドームおじさん”を追え!――『死にたい夜にかぎって』特別編

【第六話】警察署デートする二人


「ねぇ! 起きて! コンドームおじさんを見つけた!」

 西武新宿線沿いに佇むアパート。たまの休日は、リサイクルショップで二千円で購入した壊れかけのロッキングチェアにもたれて、通り過ぎる電車の騒音を子守歌代わりに昼寝をする。日々の仕事で疲れ切った体にはやかましい音が何よりも心地良い。そんな私の安らぎの時間を邪魔する可愛い声。声の主は同棲中の彼女で、名前はアスカという。同棲をはじめてすぐに不眠症と躁鬱病を発症させたアスカは、仕事を辞めて自宅療養の毎日を過ごしていた。ここ数年は断薬に挑戦しており、その副作用から、たまに錯乱状態に陥ると、刃物を持って私に襲い掛かってくるバイオレンスビューティな女の子だった。そんな同棲生活も五年を過ぎた私達の関係は、恋人というよりも、いつ終わるとも分からぬ戦争を一緒に生き抜いている戦友のような間柄になっていた。

 断薬の影響がもたらす幻覚によって、アスカは時折小さな妖精を目撃することがあった。だが、コンドームおじさんは実在の人物である。近所のコインランドリーにフラっと姿を現しては、床一面に大量のコンドームをバラまいて自転車で逃走する危険な男だ。私も何度か遭遇したことがあるが、常にニット帽を深く被っており、その顔をハッキリと見たことはない。穴の開いたコンドームを配っていたら最悪だなと思って、家に持ち帰って調べてみたが、何の問題もないコンドームだった。もしかしたら、コンドームおじさんは世の中の乱れた性を憂いて、このような行動をしているのかもしれない。正義のコンドームおじさんだ。

 コンビニからの帰り道、コンドームをばらまいて逃走するおじさんを目撃したアスカは、必死で尾行して、おじさんの住処を特定した。興奮冷めやらないアスカを落ち着かせ、ひとまず警察に電話をさせてみた。だが、口下手なアスカは事実をうまく伝えることができず、全く相手にしてもらえなかった。落ち込んでいる彼女の背中に向けて「デートに行こうか」と私は言った。最近はデートがマンネリだったので助かった。警察署にデートなんてワクワクするじゃないか。

 そんなこんなで警察に到着。簡単な受付を済ませて待合室で担当を待つ。さすがに直談判をしに来た者を追い返すことはしないようだ。あきらかに面倒臭そうな顔をしている刑事から別室に来るように促される。一緒に部屋に入ろうとした私をアスカが制止して言った。

「ここから先は私に任せて! 一人で頑張れるから!」
「よく分からないけどやる気があるのはいいことだね。かましてこい」

 愛する女の頭をポンポンと二回叩いて、その背中を押した。

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アスカを待つ間…

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死にたい夜にかぎって

もの悲しくもユーモア溢れる文体で実体験を綴る“野良の偉才”、己の辱を晒してついにデビュー!




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