恋愛・結婚

死にたい夜にかぎって空にはたくさんの星が輝いている――爪切男の『死にたい夜にかぎって』

 さまざまなタクシー運転手との出会いと別れを繰り返し、その密室での刹那のやりとりから学んだことを綴ってきた連載『タクシー×ハンター』がついに書籍化。タクシー運転手とのエピソードを大幅にカットし、“新宿で唾を売る女”アスカとの同棲生活を軸にひとつの物語として再構築したのが青春私小説『死にたい夜にかぎって』である。切なくもユーモア溢れる文体で実体験を綴る“野良の偉才”爪切男(派遣社員)による新章『死にたい夜にかぎって』特別編、いよいよ開幕。これは“別れたあのコへのラブレター”だ。 爪切男の『死にたい夜にかぎって』

【最終回】別れた二人

「今度私のお母さんに会ってほしいんだけど……」  二〇一〇年のクリスマスイブ。ケンタッキーフライドチキンをひとかじりした後、アスカは言った。いよいよその時がやってきた。私とアスカが同棲を始めてからもう六年が経つ。これまでも「結婚」という言葉が何度も頭をよぎったが、そのたびに私の実家が抱える借金や、アスカが患っている心の病やらを言い訳にして、この二文字から目を背けてきた。だが、喧嘩、裏切り、嘘を何度も繰り返しながら、どんな困難も笑顔で乗り越えてきた今の二人なら、大きな一歩を踏み出せるかもしれない。 「会うよ」  短い言葉だが、力強い声で答えた。 「お母さんも喜ぶと思う。ありがとう」 「……でも、なんでいきなり会ってほしいと思ったの?」 「この前、お母さんからメールもらってさ、それでね……」  一度ケンタッキーフライドチキンを握った手を離し、油のついた手で目頭を押さえながらアスカは言葉を続けた。 「末期の膵臓がんで、もうそんなに生きられないんだってさ」 「……」  何も言えなかった。早期発見がされにくい膵臓がんは、症状が出た時点で手遅れになっていることが多いそうだ。  アスカが二十歳になった時、彼女の母親は「娘も成人したし、残りは自分の好きに生きてみたい」と言い残し、家を出て行った。それから十年以上の間、男を取っ替え引っ替えしながら一人の女として人生を謳歌してきた母親に待っていたのは余命一年の宣告だった。  同じように、三歳の時に母に捨てられ、母の愛情を知らずに育った私は、いつも心のどこかで期待していた。将来結婚をした時、義理とは言えどもアスカの母親が自分の母親になることを。どうやらその望みは叶わないらしい。本当に母親というものに縁がない。 「あたし、お母さんのことずっと嫌いだったんだよね」 「うん」 「あたしのことほったらかしにして、連絡したい時だけ連絡してきて……」 「ひどいね」 「でも、本当は羨ましかった。自分のやりたいように生きてるお母さんのことが大好きだった」 「そっか」 「一人で会うのが怖いの。だから一緒に会ってくれる?」 「……分かった。でも本当に俺でいいの?」 「うん、あなたに会いたがってたしね」 「どんな顔して会えばいいか分からないや」 「真面目な顔はやめてね。あなたって真面目な顔が一番面白いから」
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三人で近所のサイゼリヤに
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死にたい夜にかぎって

もの悲しくもユーモア溢れる文体で実体験を綴る“野良の偉才”、己の辱を晒してついにデビュー!





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