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“月曜RAW”が番組内容を大幅リニューアル――フミ斎藤のプロレス講座別冊WWEヒストリー第197回(1995年編)

WWEオフィシャル・マガジン

ビンス・マクマホンが“月曜RAW”の番組オープニングの新バージョンをプロデュース。これがアテテュード路線のプロローグだった。(写真はWWEオフィシャル・マガジン1995年9月号表紙)

 純日本的な表現でいうならば“鶴のひと声”。カタカナ語の企業ランゲージでいえばいわゆるトップダウンということになるのだろう。

 ライバル団体WCW(ワールド・チャンピオンシップ・レスリング=親会社はテッド・ターナー・エンターテインメント社)の全米生中継番組“マンデー・ナイトロ”の第1回放映分がオンエアされた翌朝、ビンス・マクマホンは“マンデーナイト・ロウ”の番組内容の大幅リニューアルを決断した。

 WWEの毎週月曜夜のプライムタイム番組のタイトルが“マンデーナイト・ロウMonday Night Raw”で、WCWの新番組が“マンデー・ナイトロMonday Nitro”。番組名そのものがひじょうにまぎらわしいだけでなく、夜8時から10時までの2時間ワクという放映時間も完全にバッティングしていた。エリック・ビショフ執行副社長を現場リーダーとするWCWが“戦争”を仕掛けてきたことは明らかだった。

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ビンスはだんだんとWCWを脅威に感じるようになる

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