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“性倒錯キャラ”ゴールダストの主張――フミ斎藤のプロレス講座別冊WWEヒストリー第196回(1995年)

WWEオフィシャル・マガジン表紙

“性倒錯キャラクター”ゴールダストは、90年代のWWEがプロデュースした究極の怪奇派か、それとも政治的なステートメントだったのか。(写真はWWEオフィシャル・マガジン表紙)

 ゴールダストGoldustは、WWEがプロデュースした1990年代を代表する究極の“怪奇派”キャラクターだった。

 1969年、テキサス州オースティン生まれ。本名ダスティン・ラネルズ。父親は1970年代から1990年代前半まで20数年間にわたりつねにアメリカのレスリング・ビジネスのどまんなかを歩きつづけた“アメリカン・ドリーム”ダスティ・ローデス(本名バージル・ラネルズ)。ゴールダストは、父ローデスがキャリア2年のルーキーだったころに生まれた。

 ゴールダストの両親は、ゴールダストが4歳のときに離婚。ゴールダストは高校1年までホームタウンのオースティンで母親といっしょに暮らし、高校2年生の新学期がはじまる3カ月まえの1984年6月、父ダスティと10数年ぶりに同居するためにノースカロライナ州シャーロットに引っ越した。そのころにはハイスクールを卒業したらプロレスラーになることをすでに決めていた。

 夏休みのあいだはNWAジム・クロケット・プロモーションの全米ツアー“グレート・アメリカン・バッシュ”に同行して会場整理のアルバイトをして過ごした。アウトドアのベースボール・スタジアムで試合が開催されることが多かった“バッシュ”ツアーでは選手たちが入場に使うゴルフ・カートを運転した。リック・フレアーをカートに乗せて花道までエスコートしたこともあった。

 シャーロットのハイスクールでは父親が有名なプロレスラーだからという理由でよくケンカに巻き込まれた。偉大なる父と顔がよく似ていることはあるときは長所であり、またあるときは欠点でもあった。学校ではあまり友だちができなかった

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プロレスラーとしてのデビューは1988年8月

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