平山夢明「動物はある種の狂気を孕んでいる」
◆いざ、チンパンジーの檻の前で告白タイム! と相成った若きカップルにまさかの大惨事
知り合いが、バイト先のちょっと変わった女の子に惚れたんですよね。で、さっそくデートに誘ったわけですが、彼女は動物園に行きたいと。普通は遊園地とか映画とかなので面食らいましたが「あたし、自分と同じくらい動物が好きな人とでないと無理」なんて普段から公言している子なので、<ああ、これもきっと俺がカレシに相応しいかどうかの試験なんだな>と思い、快諾。
駅で待ち合わせるとさっそく動物園に行ったわけです。で、当然のように彼女は動物に詳しくて、やれこの鳥はどうだの、このサイはどうだのとデートムードなどそっちのけで動物トリビアを次から次へと連発するわけですね。で、それは良いんですけれど、そろそろ夕暮れにもなってきたし、家にも帰んなくちゃなんないしで、「つきあってくれ」と告白することにしたそうなんです。すると何となく気配を察した彼女も早足気味になってチンパンジーの檻の前に彼を連れて行き「云いたいことがあるなら。ここで聞くわ」と云ったらしいんですよね。
彼は内心、告白OKということは俺は合格も同然なのだろうかと思いながら、ドンキで買ってきたプレゼントを差し出して彼女の名前を云い「付き合ってください」と目を閉じ、頭を下げたそうなんです。すると返事の代わりに肩をボンと叩かれたので「合格か!」と思って目を開けると彼女は最前の位置から微動だにしていない。じゃあ、誰が俺を叩いたんだ? と思った瞬間、頭をバシン! 泥のようなものがぶち当たり、奇声が檻の方から聞こえてきたので振り返ると糞を握ったチンパンジーが今まさに第三投目に入っていたそうで。
それは彼の腹の辺りをモロに直撃したそうです。彼女はと見ると驚きからか衝撃からか声も出せずに凍っていたようで、その瞬間、彼はどういう脳味噌の配線間違いなのか<今なら彼女を越えられる!>と確信したそうなんですね。どういうことかというと、今の今までは動物好きの彼女に知識でも好きさ加減でも大きくリードされていた俺だけれども<チンパンジーの糞ぐらいなんでもないさ>という男の度量を見せつけることによって一気に彼女との動物ジャンルにおける差を縮めようと思ったそうです。
で、チンパンが糞ボールを投げつけるなか、彼は平静を装い。「俺の君への気持ちは猿のウンチなんかじゃ……」と云った途端、口のなかに糞が飛び込んできたそうで思わず便所に飛び込み、顔を洗って出たときには彼女の姿はなく、以来、彼女はバイトにも来なくなってしまったそうですが、本当に糞さむいですね、平山です。
と、このように動物というのはある種の狂気を孕んでいますので、あだやおろそかに<どうぶちゅカワウィーネー>とか云ってはいけないんですね。知り合いのパグは既に十年以上も生きている老犬なんですが、先日、部屋の中が物凄く焦げ臭いので〈なんか燃えてる〉と家人が大騒ぎをしたところ。その犬の尻のだぶついた皮がストーブによって焦げていたということなどもありました。五百円ハゲほどに毛がなくなっていたそうなんですが、パグは全く気にしない感じで。ちなみにそのパグちゃんは以前、目玉を箪笥の角にぶつけて、ソケットから眼球を宙ぶらりんにしたこともあるという猛者で、本当にパグは偉大です。
また知り合いの女の子はクラスの男子がチワワを買ったというので見に行ったところ<うちのチワワは誰にでもキスするんだけど超シャイだから、するときに目を開いてると嚙むよ>と注意を受けたので、律儀に目をつぶって数度チューをしたところ、感触が変なときがあったので目を開けたら、唇を尖んがらせていたのはその男子だったというようなこともありました。ほんと、動物もどうかと思いますが面白いモンです!
【ひらやまゆめあき】
61年、神奈川県生まれ。10年刊行の長編『ダイナー』(ポプラ社)が、第13回大藪春彦賞を受賞。精神科医・春日武彦氏との不謹慎世相放談『無力感は狂いのはじまり~狂いの構造2』も、扶桑社新書より絶賛発売中!
― 週刊SPA!「平山夢明のどうかと思うが、面白い」 ―
イラスト/清野とおる 撮影/寺澤太郎
『どうかと思うが、面白い』 人気作家の身辺で起きた、爆笑ご近所ホラー譚 |
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