平山夢明のゾゾ怖い話【公園に立ち尽くすカラス女】
― 週刊SPA!連載「平山夢明のどうかと思うが、ゾゾ怖い」 ―
先日、引っ越してきたばかりの家族がいました。その子の家では早く地域社会に我が子を馴染ませようと連日連夜、母親が子守のように小学校三年の子供達を公園やら道路やらで遊ばせたり、歓待しまくっていました。この間、いつものように遊んでいる姿を見ていますと実に微笑ましい……憎げなほど微笑ましい子供達とその製造者のひとりといった情景になっていたのですが、突然、黒い影が迫りまして、その母親の頭に留まったわけです。カラスですね。
当然、子供達は思いの外、間近で見たカラスに大興奮しつつも戦慄していました。カラスはクワァクワァと啼いて飛び去ったのですが、載られた母親は恐怖のあまり微動だにしなかったのです。カラスがビルのベランダに移動した時、周囲の子供が一斉に<カラスのおばちゃん!>と叫び始めました。今でもその子供が下校する後ろから同級生の<カラスの子供>を唄う声が聞こえてくる今日この頃ですが、みなさんはカラスを頭に載せたことがありますか? わたしはあります、嘘です、平山です。
というわけで昔、真夏でも真っ黒な服で公園に立ち尽くしている<カラス女>がいたのですね。ちょっと頭が傷んでいた人かもしれませんが、いつも子供が遊んでいるのをガン見しているわけです。髪が腰まであって長袖、長いスカートでジッとしている。近づいても動かないのが特徴で子供達は興味津々で遠巻きにするのですが、いつ来ていつ帰ったのか見た者はいないので、みんなそこに<生えているんだ>と思っていたのです。
ある日、野球をしていてボールが無くなりました。どこに行ったのかと捜しているとカラス女の顔が腫れていて、顎の下にボールを挟んでいました。<おばちゃん、ボール頂戴>と云っても返事はありません。普段からカラス女は動いたり、声を発したりはしないのですが、さすがに顎の下にガッチリ挟まっているボールを黙ってもぎ取る勇気はないので、最初は声を掛けたわけです。が、女はマネキンのように無言で動きません。<どうした?>。そのうち仲間が心配して集まってきました。<ボールが首に挟まってる>。そう云うと、みんな目を丸くしました。<ほんとだ。けっこうガッチリ食い込んでるぜ>。
その時、女の鼻からひと筋の鼻血がたらーりと垂れたのです。みんながハッとしていると女の口から物凄い速さで一瞬、舌が飛び出し鼻血をベロして戻りました。ひぇっと誰かが叫び、女の鼻の下に筋のように残った鼻血痕を見て、みんながゴックンと唾を飲み込んだ瞬間、勇敢な友達が女の首っ玉に手を伸ばすとボールを引き抜こうとしたのです。が、女の顎力は子供の予想を遙かに越えるパワーで全然、外れません。
<仕方がねえずらな>。番長のチョミジが、いきなりチンポを出して女のスカートに向かってオシッコを始めました。すると、みんなもそれにならい次々に小便を始める。その途端、女が<ばきゅーん! ばばきゅーん! きゅーんきゅーん>と叫んで飛びかかってきたのです。もうその突然の反撃に全員が面食らい泣きながら公園を走り出たわけです。オイラたちも半ベソかきながら商店街に逃げ込み、更にダッシュしていると後ろから<おい! 待て!>と警官と商店街のオヤジが追ってきます。<大人連合だ!>仲間が叫びます。
大人は大人同士で以心伝心できる<大人連合>を持っていると知っていたオイラたちは、捕まったら絶対にカラス女のところに連れて行かれるとオイオイ泣きながら走りました。そして命からがら家に帰りつくと、血相を変えて戻った息子を見たおふくろが一言。<あんた! チンチン出して運動会しよるんね>。ほんと、チンチン運動会もどうかと思いますが、ゾゾ怖いもんです。はあと。
【平山夢明】
ひらやまゆめあき●’61年、神奈川県生まれ。’10年刊行の長編『ダイナー』(ポプラ社)が、第13回大藪春彦賞を受賞。前連載をまとめた『どうかと思うが、面白い』も、清野とおる画伯との特別対談やアメリカ旅行記付きで、小社より絶賛発売中!
<イラスト/清野とおる 撮影/寺澤太郎>
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