平山夢明が見た「春に出てくる複雑系な人々」
― 週刊SPA!連載「平山夢明のどうかと思うが、ゾゾ怖い」 ―
夜、打合せが終わって慌てて電車に駆け込むと結構混んでたんで、本を読むことにしたんですね。そしたらおいらを小突く人がいて、なんだろうと思ったら、パンチパーマ風のおばちゃんだったんです。電車が揺れるとおばちゃんが肘で<こいつもおまけだよ>とばかりにおいらを突くので困った欲求不満ちゃんだなあと思っていたら、辺りはみんな女の人ばかりで、よく見たら女性専用車両だったんですね。
割と若い人は目が合うと<困った人ねえ>的な感じで終わりなんですが、痴漢のほうから遠慮しそうなオバサン達は目が合うとギンッて感じで睨み返してくる。おまけに電車は快速だったんで次の駅は遠い。困ったなあと思っていると、肘でグイッとされ、目が合うとギンッてされるので、仕方なく本を読んでいたら、今度はチッチッチと舌打ちが聞こえてくるんです。もう電車警察だなあと思って、おばさんを見ると凄いガンつけで舌打ち攻撃ですよ。学校を卒業して以来、あんなに舌打ち攻撃とガンつけされたのは初めてでしたけれど、みなさんお元気ですか? 誤って女性専用車両に乗っていませんか? 平山です。
というわけで、そろそろ春じゃないですか? 春と云えば木の芽時ってことで、いろいろと複雑系な人が家から町に出てくる季節。去年、春先に牛丼屋さんで牛丼を食べているとのっそりと太ったおばさんが入ってきまして<ブルーベリーマフィン>と云って座ったんですね。で、店員さんは<え?すみません。ご注文は>と聞き返すと、おばさんは<ブルーベリーマフィン>とくり返したんです。
店員さんは明らかに高校生のバイトくんでしたので<すみません。ブルーベリーマフィンはありません>と云ったんです。<じゃあ、ホットアップルパイは><ホットアップルバイもありません><じゃあ、なにがあるの><牛丼とすきやき定食と……><それしかないの? ディップは? ディップもないの?><すみません。ディップもないんです>するとおばさんは立ち上がり、ずんずん歩いてトイレに入りました。もう店内はシーンとしていておばさんの行方を見守っていたのですが、するとなかから物凄いズビズバ音が轟いて<この店、俺の好きな物なにもないじゃないかぁぁ!>と怒鳴り声が炸裂。
この時点で奥にいた店長がカウンターまでやってきたんですが、次いでドアが開くとおばさんは誰とも視線を合わせることなく出て行きました。次の人がおばさんのいた席に座ったところ、足下にカゴがあって中に仔犬が入っていたんですね。お客さんが店員に<これ、犬入ってるよ>とカウンターに載せると犬が顔を出したのですが全身が真っ赤にラッカースプレーされていたんです。血塗れに見えたりしたのでオイラはそのまま、他の食欲減退した客と一緒に出てきましたけれど、後は知りません。
昔、アパートの一階に年がら年中、てるてる坊主を吊してる部屋があったので、よく毟ってたんです。中学生の頃でいろいろと体内に鬱憤が溜まっていたので、あからさまに<晴れを願っている>感じがムカムカしたんだと思うんですよ。そのことをクラスの奴らに教えると何故か<てるてる坊主討伐隊>が結成されまして、その部屋にてるてる坊主が吊ってあったら必ず毟って教室に持ってくる。そしてそれを後ろの黒板に貼り付けるというのが流行ったんです。
ある日、オイラが毟りに行くと、仲間もやってきまして、ちょっとした競争みたいになったんですよ。で、ふたりで慌ててベランダに入って取り合いになった時、いきなり窓が開いて包丁を持った男が出てきたので慌てて逃げた想い出があります。苦い青春の一コマですね。ホントてるてる坊主もどうかと思いますがゾゾ怖いもんです。
【平山夢明】
ひらやまゆめあき●’61年、神奈川県生まれ。’10年刊行の長編『ダイナー』(ポプラ社)が、第13回大藪春彦賞を受賞。前連載をまとめた『どうかと思うが、面白い』も、清野とおる画伯との特別対談やアメリカ旅行記付きで、小社より絶賛発売中!
<イラスト/清野とおる 撮影/寺澤太郎>
『どうかと思うが、面白い』 人気作家の身辺で起きた、爆笑ご近所譚 |
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