廃墟にいた謎の怪人の正体とは?【平山夢明】
― 週刊SPA!連載「平山夢明のどうかと思うが、ゾゾ怖い」 ―
小さい時、お棺に寝てる人がいたんですよね。よく行く公園の前に廃墟になった独身寮があったんですけれど、そこのボイラー室にコンクリートの箱みたいなのがあって、そこに人が寝ていたんです。ちゃんとベニヤの蓋までしてあって。大きさは縦が二メートルで幅が一メートルぐらい。大人がひとり入っていられるぐらいのもんなんですけれど。
最初は、かくれんぼしていた友だちが真っ青になって戻ってきたんですよ。〈人が死んでる!〉って。で、みんなでわくわくしながら廃墟の独身寮に侵入したんです。既に建物の周囲にはトタンやベニヤで囲まれていましたけれど、そんなものは剥がして中に入ったんですね。廊下を通って奥の風呂場に行くと中はタイルがボロボロ、洗い場の鏡なんか全部割れていて、その先を行くとボイラー室があるんですが、廊下から洗い場までが薄暗いのにボイラー室だけは斜め上にある明かり取りの窓から日が差し込んでいて、かなり明るい。
片隅にベニヤが載ってるところがあったんで捲ってみると本当に男の人が入ってたんです。汚れた作業服に無精髭、ボサボサ頭だったんで、プー太郎だと思うんですが、それが両手を胸に組んで横になってる。顔色も悪いので本当に死んでるみたいだったんです。で、おいらたちは〈ドラキュラだ!〉って悲鳴を上げて逃げ帰ったんですが、ある日、おいらの知り合いが友だちとふたりで〈ドラキュラ〉をもう一度、見に行ったんですね。退治しに行ったみたいなんです。家から金鎚と木の杭を持って胸に打ち込もうとしたんですよ。
もしかしたら居ないかもしれないと思ったんですけれど、行くとベニヤがある。捲ってみると前に来たときよりも痩せて真っ白なドラキュラがいたんで、これは殺し時だ!と思って頬を抓ったり、髭を抜いたりして、動かないのを確認すると胸に杭を置いてコンッって試しに軽く叩いてみたらしいんですよね。そしたらその時、何かが倒れる大きな音がしたと。場所が場所でやってることがやってることですから、ふたりはビックリしちゃって、見に行ったら丁度、ボイラー室の入口にもたれるようになっていたロッカーが倒れて道を塞いでいたんだそうです。げぇ、出られなくなる! 二人は焦ってロッカーを押したり蹴ったりしたんですけれどビクとも動かない。このままじゃ一生ここに閉じこめられてしまうんじゃないかとひとりがシクシク泣き出した途端、トタンがずりりりと音を立てた。
見ると棺から伸びた手がトタンを押し上げてドラキュラが躰を起こしかけていたんだそうです。ふたりとも肝が磨り潰されて腰が抜けたそうですが、そのままドラキュラは棺から起き上がり出てきたそうです。胸に杭を打ち込もうとしていた奴なんか歯がガチガチ、ランバダみたいになっちゃって。ドラキュラはふたりに近づくと作業着のポケットから飴をふたつ取りだし〈此処は危ないよ〉と云ってロッカーを蹴倒して道を作ってくれると再び、棺に戻って行ったそうです。仲間はウンコ漏らしちゃってたそうで、もう大惨事。
翌日、話を聞いた俺たちが行ってみると空っぽの棺があるだけでした。きっとドラキュラは故郷に帰ったのだと言い合いましたが、一週間もすると火事が起きて廃墟は燃え腐ってしまったんですよね。
で、別の知り合いで試合に遅れそうになったテニス部の後輩が居たんで大慌てで迎えに行くと下宿の窓から後輩の姿が見えたんだそうです。もうかなりパニックになっていて、大声で〈早く来い!〉って怒鳴ったら〈オッス!〉って三階の窓から飛び出し、落下したそうなんですね。足を折ったんでその日の試合は不戦敗になったそうです。ほんと落下もどうかと思いますが、ゾゾ怖いもんです。
【平山夢明】
ひらやまゆめあき●’61年、神奈川県生まれ。’10年刊行の長編『ダイナー』(ポプラ社)が、第13回大藪春彦賞を受賞。前連載をまとめた『どうかと思うが、面白い』も、清野とおる画伯との特別対談やアメリカ旅行記付きで、小社より絶賛発売中!
<イラスト/清野とおる 撮影/寺澤太郎>
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