電車内での「生まれ変わり」の物語【平山夢明】
― 週刊SPA!連載「平山夢明のどうかと思うが、ゾゾ怖い」 ―
気になり出すと止まらなくなることってありますよね。以前書きましたけれど、おいらは〈ヘソの行き止まり〉は、どうなっているんだろうと風呂上がりに、穴を指で拡げつつ、綿棒も使いながらめくりにめくっていきましたところ最後に小さなお地蔵さんのようなものがピョコンと飛び出しまして、まあ正月のおせちで見かける〈チョロギ〉みたいに真っ赤だったんですけれど、それに綿棒で触れた途端、全身に電気が走ったような衝撃と激痛がおきまして一時間もしないうちに猛烈な下痢に襲われたことがあります。ヘソ、掘ってますか? 平山です。
高校の頃、電車で一緒になる女の子が自分を好きなんじゃないかって感じた奴がいたんですよ。本人は柔道部で肉球をそのまま17年間育てたって感じの男で顔なのか吹き出物だらけの尻なのかわからないような顔をしていたんですけどね。で、よせよせと云ったんです。地球が破裂することはあっても、おまえが一目惚れされることはあり得ないって。ところが本人はもう、ここで逃したら一生の不覚だとばかりに真剣極まりない。
で、その子を確かめに、奴の乗る電車に同乗したわけです。朝なので混んでましたが、とにかくそんな奇特な女の子がいるのかと、もしいるとすればその子の仲間なら俺たちでもイケるんじゃないかという下心もバッグに詰め込んで乗ったわけです。暫くすると奴が〈あ、あの子だ〉と呟く。で、見るとなんだか実にお嬢様っぽい女の子が、ちょっと虚ろな感じでぼんやりしてるんです。どう考えても奴の彼女になる要素は1%も含まれていないような少女漫画チックな子だったので絶対に〈幻覚だ〉と思った瞬間、彼女がジッとこちらを……というか、奴をジッと見つめ始めたではありませんか。
思わずこっちも驚きの余り〈はふ~〉などと溜息が出たほどで。
で、その見方も最初はチラッチラッという感じですが、そのうちに結構、滞空時間が長くなるんですね。奴はもう嬉しくなっちゃって俺たちに〈どうだ、見たか〉みたいになって、鼻なんかフンフン云わせてるんです。で、彼女が降りる駅もわかっているというので〈ここはチャンスだから告白しゃちゃえ!〉と持ち上げたんですよ。奴をチラ見ガン見していた彼女はホームに降りるとスタスタと歩いて行ったので、俺たちが追っかけて声を掛けたわけです。すると彼女は当然〈え?〉っていう感じで立ち止まった訳ですね。登校前ですから時間がありません。すかさず奴が〈あの毎日、ぼ、ボクのこと見てますよね。どうしてですか? す、好きなんですか? だったら俺も好きで良いです!〉みたいな逆上がりしたような絶叫をかました途端、彼女が〈好きですけど。ちょっと違います〉って戸惑い気味に奴の台詞を喰うような勢いで返事を放ったわけです。
〈え? どういうことですか?〉と奴が聞き返すと〈あなたがそっくりだから! ウチで飼っていたチャウチャウに。トラックに轢かれて死んじゃったけど。顔がそっくりだから、もしかしたら生まれ変わりかなって思ったんです!〉と叫んで逃げていきました。奴は〈犬で良いです! 犬で!〉と追いかけようとしましたが、彼女は止まりませんでした。翌日から、奴のあだ名はチャウになりました。
ちなみに知り合いは同じように髪の長い女の人に見つめられていたことがありまして、見るとニコニコと笑顔が返ってくるので、絶対これは俺に気があるに違いないと確信し、意を決して近づいたそうなんですね。で、〈あのちょっと話しませんか?〉と云うと、腕を掴まれてホームに下ろされ〈あなたは神を信じますか?〉と熱病のような目で訊かれたそうです。ほんと、神というのもどうかと思いますが、ゾゾ怖いもんですね。
【平山夢明】
ひらやまゆめあき●’61年、神奈川県生まれ。’10年刊行の長編『ダイナー』(ポプラ社)が、第13回大藪春彦賞を受賞。前連載をまとめた『どうかと思うが、面白い』も、清野とおる画伯との特別対談やアメリカ旅行記付きで、小社より絶賛発売中!
<イラスト/清野とおる 撮影/寺澤太郎>
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