雑学

『エマニエル夫人』ブームが引き寄せた2つの悲喜劇

― 週刊SPA!連載「平山夢明のどうかと思うが、ゾゾ怖い」 ―

『エマニエル夫人』っていうソフトポルノが大流行したことがあったんですよ。TVでも大っぴらにレズシーンやらパイオツなシーンがだらんだらん流されていて、大人は「へー、そう」ってなもんでしたけれど、血湧き肉躍る中高校生男子にとっては特集やCMが流れるたんびに頭がポーッとしてグラングラン沸騰しまくっていたわけです。

 で、当然のようにそれは十八歳以下はお断りの成人映画だったわけですね。そんな頃、知り合いのお兄さんが高校二年だったんですけれど、ガタイは良いので十分大人としてエマニエルを観に行ける感じだったんです。で、当日、本人は前売りなんか買っちゃって、行く気マンマンで映画館の近くにある駅前レストランでバイトしてたんですけれど、そこはちょっとハイソな感じでメニューも気取ってるわけです。普通の洋食屋みたいに海老ピラフやコロッケばっかりじゃないんですね。

 特に有名なのは鮭のソテーにホワイトソースを掛けたムニエルだったわけです。で、客は当然、それを注文するわけですが、何しろお兄さんは頭の中がエマニエルでいっぱいですから、客の注文をくり返すときに「鮭のエマニエルふたつですね」「鮭のエマニエルでございます」って、客のほうもテレビで知ってるから笑っちゃったり、苦笑したりでホール長からも「おまえさあ、エマニエルすぎだよ」って叱られたんですけれど、結局その日、一日エマニエル脳に支配されてしまって翌日からバイト先でのアダ名が<エマニエル坊や>になってしまったんですけどね。怖ろしいことですよ。

エマニエル また知り合いで、外国の人と文通してたのがいるんです。いまは廃れましたけど海外ペンパルっていって当時は流行ったんです。で、そこで知り合った女の子がフランスにいる黒人さんのエマニエルさん。十七ということでしたけれど体重は百キロぐらいある人だったんです。ある日、彼の写真が欲しいというので送ってみたところ、とても<まあべらす>だということで、途端に文面がいままでの学校での近況報告からラブレターに変わったんです。で、彼も彼女はタイプでもないし、百キロは無理だったんですけれど、まあ取り敢えず外人が俺に惚れているというのは気分がよかったのか、ささやかなイタズラ心だったのか頭に乗って<俺もだよ。じゅてーむ>みたいなことを送っていたんですね。

 そしたらある日、校門の前に大きな黒い塊があったんです。物凄く目立つので、ちょっとした騒ぎになったんですけれど、それがエマニエルだったんです。当然のように彼は真っ青になってブッタマゲて隠れました。そしたらエマニエルは居なくなったんですけれど、翌週、またいるんです。それに逢ってほしいって切手の貼ってない手紙も家のポストに投げ込んである。知り合いはちょっとしたパニックになったんですけれど、最終的には夜、買い物に出たときに真っ暗な壁に羽交い締めにされたと思ったらエマニエルだったんです。物凄く長いベーゼをブチ込まれて窒息、半ば失神して暗がりに引きずり込まれたんですけどね。

 彼女の話によると実は彼女はヨコスカに住んでいて親が軍に勤めている関係で二ヶ月に一度、父親がフランスに行くときに手紙を持っていってもらい、向こうの郵便局で出してもらって海外ペンパルのフリをしていたというんですよね。彼女は<サムライと付き合いたかった。あなたはワダスのサムライだ>みたいなことを口走っていたらしいんですけれどね。その時、彼は生まれて始めて他人に土下座をして付き合うのは勘弁してもらったそうです。当然、彼のアダ名も<エマニエル>。ほんと、エマニエルっていうのもどうかと思いますが、ゾゾ怖いもんですね。

【平山夢明】
平山夢明ひらやまゆめあき●’61年、神奈川県生まれ。’10年刊行の長編『ダイナー』(ポプラ社)が、第13回大藪春彦賞を受賞。前連載をまとめた『どうかと思うが、面白い』も、清野とおる画伯との特別対談やアメリカ旅行記付きで、小社より絶賛発売中!

<イラスト/清野とおる 撮影/寺澤太郎>

どうかと思うが、面白い

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