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コンビニ店員は、なぜ「こんにちはァ~!」と語尾を上げて叫ぶのか

「バイト敬語」がもたらすもの

 役者では、繊細な人、気弱な人、緊張している人の語尾は上がります。セリフを相手にかけるのが怖いからです。それは人間としては当然のことです。演劇のセリフだと「こんなこと、日常じゃあ、絶対に言わないよ」なんてことを無理に言わないといけません。だからドラマが起こるのですが、そういう言葉を言うのはとても怖いことです。だから、相手に直接投げれなくて、語尾が上がるのです。  コンビニの店員さんのマニュアルは、やっぱり、日常なかなか言わない言葉です。「いらっしゃいませ」でいいはずなのに、それにさらに「こんにちは」を付けます。「ありがとうございました」でいいはずなのに、「またお越しください」を付けます。人が来店するたびに言わないといけないので、いちいち、相手にかけることが面倒に、難しくなるのです。そして、語尾が上がるのです。  話はそれるのですが、『コンビニ人間』(村田沙耶香著/文藝春秋)は、抜群に面白かったのですが、コンビニ人間になっていく練習が「いらっしゃいませ」しかなくて、ついぞ「こんにちは」が付いてこなかったのが不思議でした。  実際に村田さんが働いたコンビニは、マニュアルを無視していたのでしょうか。ならば、画期的なコンビニですが、どうもそんな感じがせず、不思議でした。  で、話は戻って、こういうマニュアルを、何の疑問もなく、じつに真面目に元気に叫んでいる現場に出会うと暗澹たる気持ちになるのです。  ちょっと前に、僕の芝居で、劇場案内のバイトの若い女性が、チケットをもぎりながら「いってらっしゃいませ!」と叫んでいるのを見て、腰が抜けそうになりました。どこに行くんだ、もう劇場に来てるじゃないか、客席は遥か向こうなのか、と混乱しました。話を聞くと大きな劇場では、こうやってチケットをもぎると言いました。  マニュアルですが、最近の言い方「バイト敬語」と言ってもいいと思います。覚えると楽なのですが、確実にコミュニケイションが途絶えていくのです。 ※「ドン・キホーテのピアス」は週刊SPA!にて好評連載中
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