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コンビニ店員は、なぜ「こんにちはァ~!」と語尾を上げて叫ぶのか

― 週刊SPA!連載「ドン・キホーテのピアス」<文/鴻上尚史> ―  初めてのコンビニに入ったら「いらっしゃませ、こんにちはァ~!」といきなり女性の声が聞こえました。 コンビニ店員 語尾の「はァ~」の部分が急に上がります。ピアノで白鍵盤3つ分ぐらいです。ものすごく不自然に響いて、とても僕に話しかけている感じがしませんでした。  と、すぐに別の場所から「いらっしゃいませ、こんにちはァ~!」と、同じように語尾が急に高くなった男性の声が聞こえました。  続いて、お客さんが入ってきたので、語尾を急に上げた女性と男性の声が響きました。もう大きな独り言の連発です。そして、「ただいま××が50円引きのセールス中でございまぁすゥ~!」と、語尾を上げながら女性が叫びました。同じ内容を男性も叫びました。商品をレジに持っていくと、女性店員が目の前で「いらっしゃいませェ~!」とまた急に語尾を上げて叫びました。  なんだか、頭痛がしてきました。 「不自然な日本語を聞いているから」という理由もありますが、「店員さん達は本気だ」という理由の方が大きいです。男性も女性も、それは熱心に、語尾を上げて独り言を繰り返します。これが、やる気がなくて「っしゃいませ~」なんてモゴモゴ言うのなら、人間として理解できます。  頭痛がしてくるのは、「まったく逆効果のことを、本気で熱心に大声で言っている」という、じつに理解を超えた不条理な現実をつきつけられているからです。  だって来店してくれたお礼に、相手に言葉をかけるのです。大声の独り言は、相手の神経を逆撫でしても、感謝の気持ちは伝わりません。  じつは、語尾を上げるというのは、演劇のセリフ術から見ると、「相手にかけないようにする方法」です。自分の言う言葉を、いちいち相手にかけたくない時、かけるのが面倒な時、無意識にかけたくない時に、語尾は上がります。  言葉も言霊として形を持つとイメージすると、本気の言葉は剛速球のように相手の胸に投げ込みます。本当に大切な言葉、重要な内容は、まっすぐ話しかけるので、語尾は絶対に上がりません。  相手に話しかけたくない時に、語尾は上がるのです。
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「バイト敬語」がもたらすもの
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この世界はあなたが思うよりはるかに広い

本連載をまとめた「ドン・キホーテのピアス」第17巻。鴻上による、この国のゆるやかな、でも確実な変化の記録

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