キーワードは“リスペクト”グラジとボウダーの友情――フミ斎藤のプロレス読本#094【Tokyoガイジン編エピソード04】
ミスター大仁田の“何が飛び出すかわからないプロレス”は、血だらけになるプロレスだった。毎晩のように額から大量の血が流れた。あんまり何度も同じ場所から出血して、そのうち傷口がふさがらなくなってきたので、試合をしていないときもおでこにテーピングを貼っておくのが習慣になった。
試合が終わって、夜中にバスで移動しながらインターチェンジのレストランなどで遅い夕食をとっているときに、なんにもしていないのにテーピングを貼った額の傷からいきなりボタボタボタッと血がこぼれ落ちてくることがよくあった。はじめのうちは“シット!”とか“ファック!”とかいって驚いていたけれど、そのうちそういうこともなんでもなくなった。
グラジは、ザ・グラジエーターのホームリングはFMWなのだという意識を強く持っていて、ボウダーはボウダーで、いつか自分のことを叔父さんに求めさせたいというパッションのようなものを持ちつづけている。偉大なるアメリカン・ヒーローをソーリーsorryにするのはそうかんたんなことではない。
大仁田のいなくなったFMWは、残された者たちの知恵くらべの場となった。ナンバー2だったターザン後藤もいなくなった。大仁田と後藤はバットマンとロビンの関係だったから、バットマンが引退してしまったらロビンだってそこにはいないほうがすっきりする。グラジとボウダーは、FMWのリングの景色を“オレたちマターmatter(自分たちの問題)”としてとらえた。
トーキョー暮らしのナビゲーターはグラジだ。タクシーに乗るなんて無駄な出費だから、地下鉄と電車を乗り継いでどこへでも出かけていく。
たまに六本木に行きたくなると、まず定宿のホテルがある西馬込から都営浅草線で五反田まで出て、JR山手線に乗り換えて恵比寿へ。恵比寿で日比谷線にトランスファーすれば2駅でナイトクラビングの街にたどり着く。
中野のジム――オーナーの厚意でタダでウエートトレーニングをやらせてくれる――に行くときは、途中までは同じ乗り方で、山手線で新宿まで出て、それからイエロー(総武線)かオレンジ(中央線)に乗り換えればいい。
このあいだのオフの日は、日本武道館でリンゴ・スターのコンサートを観てきた。飯田橋の駅で電車を降りて、そのへんを歩いている人たちに「ブドーカンハ、ドコデスカー?」とたずねながら九段下につながる大通りをてくてくと歩いた。
この街をもっとよく知れば、FMWのこと、ミスター大仁田のこと、日本のプロレスと日本のプロレスファンのことがもっとよくわかるようになる。
グラジもボウダーも、大仁田がいなくなってもFMWがつづいていくこと、新生FMWがそこにいるみんなのものだということをちゃんと理解している。
ふたりはミスター大仁田を心からリスペクト(尊敬)していて、ミスター大仁田もふたりをリスペクトしてくれた。
ミスター大仁田がいなくなったFMWはどうやら“血だらけのプロレス”をディスプレーするリングではなくなった。その点については、グラジもボウダーも「ハイ、ダイジョーブWe are not sorry」である。(つづく)
※文中敬称略
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文/斎藤文彦 イラスト/おはつ
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