乾杯のワンシーンはケイコのウィンクから――フミ斎藤のプロレス読本#138[ガールズはガールズ編エピソード8]
やっぱり、映画のワンシーンみたいな光景だった。ビンス・マクマホンがカクテルグラスを片手に上機嫌でテーブルからテーブルへと飛びまわっていた。メイクを落として長い髪を後ろに束ねたジ・アンダーテイカーが、ひとりでバー・カウンターに腰かけていた。
ダンスフロアではアランドラ・ブレイズ(メドゥーサ)やニューヨークに来たばかりのサニー(タミー・フィッチ)が汗をかきながら踊っていた。
ケイコとハクーシとニシムーラは、壁ぎわに自分たちのスペースをつくってパーティーの様子をながめていた。
ブル中野はこれからもアメリカと日本を行ったり来たりすることになるだろうけれど、ケイコ・ナカノはもうニューヨークに住んでしまっている。
ハクーシもニューヨークでの生活が長くなりそうだ。ニシムーラはとにかくプロレスラーとしての形をつくるまではニュージャパンへは戻れない。
それぞれ異なったプロセスをへてアメリカへやって来た3人のジャパニーズは、ニューヨークで出逢い、友だちになった。
いつもいっしょにいるわけではないけれど、マンハッタンに帰ってくればみんなご近所さんみたいなものだ。ダウンタウンにある五紀さんのレストランへ行けば、だれかに会える。
ダンスフロアのそばにひとつだけテーブルが空いていた。あ、いいとこみっけた、という感じでケイコが席についた。
いつも女の子がまんなかで、ハクーシとニシムーラはジェントルマンになって両サイドをガードしている。3人ともてんでバラバラの方向をながめていて、そんなにおしゃべりはしない。
ケイコが、右手に持っていたグラスを差し出して乾杯の合図をした。ハクーシとニシムーラも飲みものをまえに持ってきてこれに応じた。ボーイズはケイコのしめのセリフを待っていた。
「何年たっても友だちでいようね」
3人は仲よくグラスをぶつけ合った。ケイコの透きとおるような茶色の瞳がパチンとウインクをしたようにみえた。薄暗いダンスフロアでは、そこで踊っている人たちのそれぞれの人生のように、たくさんの影が揺れていた。
※文中敬称略
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文/斎藤文彦
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