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知られざる川崎の貧困問題。若者を苦しめる地獄と希望

「自分が音楽ライターだからこそ、サブカルチャー……中でも音楽に着目したという側面はあるとも思います。もちろん、サブカルチャーが全てを解決してくれるわけではなくて、本の登場人物たちがこの先1年後、10年後にどうなっているかは分からない。それでも、彼らが『今、何かを掴んだ』という感触を持ったことが重要で、その瞬間を記録しておきたかった。実際、川崎区ではBAD HOPに影響を受け、悪さを止めてラップを始めた少年たちがいたり、いい連鎖も起こっていますが、ルポに出てくる『ふれあい館』というコミュニティセンターの職員の鈴木健さんは、『これまで、不良から這い上がったかと思ったら、また挫折してしまった子たちを何人も見てきているので、そう簡単に希望は持てない』とも仰っていた。それもまたすごく実感がこもっていますし、考えさせられる言葉だなと思いました」
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2016年末に川崎のクラブチッタでライブを行ったBAD HOP。今年4月にはZepp東京でのワンマンライブも決まっている。写真/細倉真弓

今も残る古き良きコミュニティの功罪

 川崎区浜町出身の若者たちが「町内だけで親戚が40人はいる」と話していたりと、そのコミュニティの濃密さにも驚かされるが、磯部氏はその点についてはいい面も悪い面もあると話す。 「川崎区の不良少年たちに話を聞いていると、『川崎はあたたかい』と言う一方で、『しがらみが強い』とも言います。それらの感覚は矛盾しているわけではなく、むしろ表裏一体なのではないでしょうか。川崎区には日本が失いつつある旧来的な地域コミュニティが残っています。また、街を押さえる暴力団がひとつなので、不良の間では強固なピラミッド型の上下関係が築かれています。川崎区は、その中にいるぶんには『あたたかい』のですが、外へ弾かれたり、抜け出そうとしたりすると、それが『しがらみ』に変わる。攻撃をしてきたり、足を引っ張ったりということが起こります。そんな閉塞感の中で、サブカルチャーには『今自分がいる世界の外にも世界があるんだ』と教えてくれる機能があるのだと思います」  ゲットー(貧困層の密集居住地域)出身の元不良たちがラップを通じて成り上がり、地元のスターになる……というのは海の向こうの話のようだが、実際に川崎で起こっている出来事だ。そして彼らの「地元を大事にする」という意識は特殊なものではなく、不良たちにとっては普通の感覚ではないかと磯部氏は分析する。 「僕みたいな人間は、地元よりもサブカルチャーの領域に自分のアイデンティティが根ざしている感覚が強いですが、日本のラップ・ミュージックももともとは輸入文化。自分と同じような感覚の人達がシーンを作ってきたんですよね。それが、ジャンルが発展していく過程で、いわゆるヤンキー層にも届くようになり、段々と地元に根差したものが出てきた。BAD HOPにいたっては、それが当たり前のことになっている。日本のラップ・ミュージックも、ようやくその段階になったとも言えますが、それは先ほども言ったように『土地が抱える問題と真正面から向き合う』ということでもある。だからこそ、BAD HOPの表現はヒリヒリとしたものになっているのではないでしょうか」  “ゲットー出身のラッパー”という存在が、日本人には馴染みがないものに感じられるのと同じように、貧困問題や外国人労働者の問題も、少し前の日本では「海の向こうの出来事」と感じられるものだった。しかしルポが伝える川崎の実態を読み進めていくと、「そんな世界と隣り合わせに自分達は生きている」という感覚も生まれてくる。自身の住む世田谷から川を渡り、たびたび川崎に“対岸の火事”を取材に行っていた磯部氏も、取材をする中で「その火を消す手伝いをできないだろうか」と考えるようになったそうだ。 「取材を通して知り合いが増えたり、馴染みの店ができたりする中で、川崎で起きていることは人ごとではなくなっていきました。たとえば、ふれあい館の鈴木健さんも横浜出身ですが、今は川崎に根を張って、やはり様々な場所からやってきた子供たちのために活動をしている。川崎には、そういった“流れ者の街”という側面もあるからこそ、この先の日本で前面化するであろう問題がいち早く現出しているとも言えます」
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ルポを「他人事ではない」未来を考えるきっかけに
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ルポ 川崎

物議をかもした『サイゾー』本誌のルポ連載を大幅に加筆し、書籍化。上から目線の若者論、ヤンキー論、郊外論を一蹴する、苛烈なルポルタージュが誕生! 川崎の刺激的な写真も多数収録

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