ライフ

貧困、差別、ドラッグ…日本のアンダーグラウンドが凝縮された街・川崎の過酷な現実

―[知られざる川崎]―
 そのとき、背後の公園からひどく酩酊した中学生程度の男子が千鳥足で出てきて、隣にある公団住宅の駐車場に倒れ込んだ。そこではもう2人、同世代の男子が寝転び、焦点の合わない目で宙を見つめ、その周りをいずれかの弟とおぼしき幼い男児がケラケラと笑いながら走り回っている――

多くの人がイメージする工業地帯・川崎を象徴する写真がカバーとなった『ルポ 川崎』。しかし、その内容は我々の予想を軽く凌駕する過酷な貧困の実態を伝えている

 これは『ルポ 川崎』(サイゾー刊)で描かれた川崎区日進町の光景だ。  不良勢力の頂点は暴力団で、劣悪な環境から抜け出す手段は、ヤクザになるか、職人になるか、捕まるか。中学時代に強盗で逮捕された経験を持つラッパーが登場し、彼らの口からは「日本刀持った友達の親に追いかけられた」「親戚のヤクザの指詰めを手伝った」という子供時代の思い出が語られる。「産業道路の向こう側なんて、中学生のポン中(覚醒剤中毒)とか、子供なのにでき上がったヤツ、いっぱいいますよ」という声もあった。  帯に書かれた「ここは、地獄か?」のフレーズ通り、ルポで描かれる川崎の状況は壮絶そのものだ。一方でそんな街は、「貧困」「移民」「人種差別」といった日本の抱える社会問題の象徴として捉えることもできるし、その先にある希望を見出すこともできる。  今回はルポの著者・磯部涼氏に取材を通して見聞きした川崎の今とその実態について聞いた。

丹念な取材から川崎の貧困問題をあぶり出したライターの磯部涼氏

借り物ではないアウトローを歌うラッパーたち

 ルポは雑誌『サイゾー』の連載企画をまとめたもの。企画当初、磯部氏は不良版『現代の肖像』のようなインタビュー集を構想していたそうだが、あえて対象は川崎のみに絞ったという。 「連載の企画を立ち上げる段階で、川崎南部の川崎区にはすでに不良少年の取材で何度も行っていて、そこで『川崎という狭い範囲に絞ることによって、逆に大きなものが捉えられるんじゃないか』という予感がありました」  その「予感」の一つは、BAD HOP(※1)という川崎区の元・不良たちが結成したヒップホップクルーの存在だ。磯部氏は2014年に彼らを取材をしていた。 「2012年の第一回『高校生RAP選手権』(※2)の優勝者がBAD HOPのT-Pablowで、決勝戦の相手も川崎区のLil Manだった。僕はLil Manくんにも取材をしましたが、2人に話を聞いてみると、彼らは『高校生RAP選手権』に出場はしていても、学歴としては中卒。アウトローの道を進みつつあったところを、ラップによって軌道修正していった人たちでした。彼らの生き方だったり、表現だったり、キャラクターに惹かれたのも、対象を川崎にした理由の一つです」  そして取材対象を川崎に絞ったもう一つの理由は、2015年2月の『川崎市中1男子生徒殺害事件』をはじめとする、川崎市南部で起こった一連の事件の存在だ。 「同年の5月には日進町のドヤ街で火災(※3)があり、秋には幸町の老人ホームの連続殺人事件も発覚しました。川崎市中1男子生徒殺害事件で、加害者がフィリピン系のルーツを持っていたことを発端に、多文化地区・桜木にはヘイト・デモがやってくるようになります。そんな川崎市南部は、現代日本を抱える問題を象徴しているようにも感じました」

川崎市中1男子生徒殺害事件の現場となった多摩川河川敷。写真/細倉真弓

 ルポで描かれるBAD HOPのメンバーの人生も壮絶なものだ。中心メンバーのT-Pablow、YZERRの双子の兄弟は、中学時代に先輩の不良から数十万単位の上納金を求められ、強盗を繰り返して逮捕されている。彼らの「Stay」という曲には 逃げ道なんてのねぇな 日々汚れてくぜ手が ガキの頃からそうさ血のついたカネでメシを食う 「あの子はヤクザの倅、遊んじゃ駄目」と友達の親が言う といった歌詞や 14の誕生日は単独房で過ごし 外に出れば戻ってくゴロツキの集う裏路地 といった歌詞が登場するが、それはフィクションではなく実話なのだ。  自らの壮絶な出自や、クスリの売買などの非合法ビジネスを歌詞にするラッパーは過去にも日本にいたが、磯部氏はBAD HOPの歌詞にはそれとは違う新しさを感じたという。 「たとえば彼らは『Chain Gang』という曲で、韓国や中国、フィリピン、南米の国の出自を持つ不良たちとの人種を超えた連帯を歌っています。政治的に大きな視点で見れば、移民や外国人労働者の問題にも関わることが歌詞になっている。タイトルには“鎖でつながれた囚人”という意味がありますが、川崎という土地につながれて、しがらみの中で出たくても出られずもがいている……というニュアンスもある。日本のラップミュージックでも、そういう状況から表現が生まれてくるようになったのかと、ハッとさせられたところがありました」

川崎区池上町の路上で談笑するBAD HOPのメンバーたち。写真/細倉真弓

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様々な人種が共存する川崎のもう一つの顔
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ルポ 川崎

物議をかもした『サイゾー』本誌のルポ連載を大幅に加筆し、書籍化。上から目線の若者論、ヤンキー論、郊外論を一蹴する、苛烈なルポルタージュが誕生! 川崎の刺激的な写真も多数収録

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