女性の前を歩いてリードする? それとも後ろを歩いて見守る派?――爪切男の『死にたい夜にかぎって』<第7話>
「本当にいろいろあったな……」
五年前のあの日から今日までの日々を振り返って両目を閉じる。本当にひどいデコボコ道で、落ちたら死んでしまう深さの落とし穴、ハマったら抜け出せない底なし沼が何個もあったが、なんとか今日まで二人で生き抜いてきた。心から誇りに思う。これまでは、何があろうと自分が前を歩いてアスカを引っ張っていこうと思い込んでいた。それは今日でやめにしよう。危なっかしい歩き方で前へ前へと進む愛する女を信頼してみよう。後ろから見守ってやるのもひとつの愛の形なのだから。ぼんやりとそんなことを考えていたら、「ドンッ!」と通行人にぶつかってしまった。「すいません!」と謝った先に、仁王立ちをしながら不敵に笑うアスカがいた。
「立ち止まった私に気付かないとは修行が足りんぞ。愚か者!」
「……まいりました」
「まだまだ練習しないとだね」
「……」
「どうしたの?」
「いや、もう尾行の練習はやめよう」
「え、なんで」
「アスカのあとを追いかけてたら、おまえと普通にデートしたくなっちゃったから」
「私はずっと前からそう思ってたけどね」
「……そうだったのか」
「鈍感すぎ」
「……ごめん」
「私、もう誰かの尾行はしない。楽しかったよ。一緒に間違ったことをしてくれてありがとね」
「こちらこそ、俺が悪いことをしたくなった時はよろしく」
「まかしとき!」
二〇一八年。アスカと別れてもう七年が過ぎた。私達は同じ道を歩くことをやめ、それぞれの道を歩き始めた。綺麗に舗装された道を歩くのも快適で良いのだが、アスカと歩いたデコボコ道がふと恋しくなる夜がいまだにあるから困ってしまう。もう一度付き合いたいなんて言わないので、これから先の人生でどうしても罪を犯さないといけない状況に追い詰められたら、その時はアスカを相棒にしたい。悪いことを一緒に楽しめるのはアスカしかいないのだから。
文/爪 切男 ’79年生まれ。会社員。ブログ「小野真弓と今年中にラウンドワンに行きたい」が人気。犬が好き。 https://twitter.com/tsumekiriman
イラスト/ポテチ光秀 ’85年生まれ。漫画家。「オモコロ」で「ジャマピー」など4コマ漫画など連載中。鳥が好き。 https://twitter.com/pote_mitsu
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『死にたい夜にかぎって』 もの悲しくもユーモア溢れる文体で実体験を綴る“野良の偉才”、己の辱を晒してついにデビュー! |
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