現在の憲法には「国民が参加していない」ことが問題
高森明勅氏(右)、泉美木蘭氏(左)
そして後半、小林・中島両氏が支持する「立憲的改憲」の話に入る。中島氏は「立憲主義」と「民主主義」は対立するものだと語る。憲法は「死者たちの苦闘の記録」で、「立憲主義」とは「過去の長い歴史の積み重ねの中から出てきた“常識”で、現在の権力者の暴走を縛るもの」というのだ。
「戦後、憲法学で立憲主義は教えられてこなかった。それは民主主義の邪魔になるからです。戦後の左派思想の憲法学者たちは、古い時代からの流れを受ける立憲主義を脇に追いやってきた。その結果が安倍政権、橋下さんだと思っているんです。『民主主義で選ばれたんだ、私たちがやることは民意だ』と。それに対する抵抗を小林さんもされてきているわけだし、私自身もそれは違うと言ってきた。良識に帰れ、ということを言っている。それが『立憲的改憲』の考えです」(中島氏)
高森氏がこう付け加えた。
「民主主義は放置すれば全体主義に行くこともある。民意も縛られなければならない。この二律背反的な立憲主義と民主主義のバランスをとらなければなりません」
小林氏は、現在の憲法は「国民が参加していない」ことが問題だと指摘する。
「上から与えられた『恩賜の憲法』だから、自分たちの生活と密接に結びつけて考えるようなことをしない。だから、国民が参加して自ら考えなければならないと思っているわけ。自民党が出してきた憲法は『恩賜の憲法』。そうじゃないんだよ。いま山尾さんを中心にわれわれがやっているのは、国民が憲法の中にどんなものを望むのか、どんな理念をぶちこむか、どう権力を縛るのか、どう構成するのか。ということを、みんなで議論して進めていってきているわけ。国民が参加したら、ああ我々が議論してきたことがこうやって条文として練り上がってきたんだと、慣習として結びついてくる。それをやらないと」
高森氏はこの立憲的改憲が俎上に上がってから、ある憲法学者の「どんなに条文にいいことを書いていても、それが本当に国民に受け入れるものでなければ意味がない」という言葉が思い出されるという。
「それまでの憲法擁護論は、『どんなふうに制定されたとしても、中身が良ければいいじゃない』というものでした。しかし例えば、中国や旧ソビエト連邦の憲法にしても、みんな立派なことは書いていますけど、それはまさに上から押しつけられた憲法でね。国民が決めたことではないし、対外向けにいい格好をしているだけ。ちょっと極端な言い方ですけども、どういうプロセスをふんでその憲法ができたのかということのほうが、何が書いてあるかよりも重要だと言うんです」
小林氏は、国民の関心がどんどんなくなっていくことへの危機感を語った。
「ゴー宣道場の中だけでこの議論をやっていては意味がない。この議論はもっと外に出てかなければ。この立憲的改憲という手法があることすらよく知られていない。安倍首相が(憲法改正を)発議できるのかどうか(怪しい)という状態になったときに、みんな憲法に関する興味を失っていくんじゃないか。これが大問題で、どうしていいかわからない、わしは」
3時間の対話を経て、小林・中島両氏に共通点が多いことが判明
その後、話題は日米安保、天皇制のあり方、モリカケ問題、セクハラ問題など幅広く展開し、最後に中島氏が小林氏と対話した感想を語った。
「(論争していた)10年前は、こんなこと考えられませんでした。ずっと小林さんにお目にかかって話してみたかったんです。話してみたら、いろいろと共有できるんじゃないかと。実際に3時間話してみて、ほとんど議論が重なることになりました。これ自体が、ここ10年の日本の大きな変化を表しているのじゃないかと。ここ(小林氏と中島氏の間)にあった対立点以上にひどいところに対立点が移っている。こうなったときには力を合わせて、常識に基づいたまともな社会が数世代にわたって続いてほしい、それを保守したい、ということでがんばっていきたい」
これに対して、小林氏は過去の遺恨を超えて対話に至った理由を語った。
「わしは中島岳志という人間をね、サヨクじゃないかと疑っていたんです。でも、なんか人が良さそうなので、会ったらワシは(籠絡されてしまうのではないかと思い)かなりヤバいなと(笑)。でも、なぜ会いたいと思ったかというと、立憲的改憲に賛成していたからですよ。そうか、これを受け入れる人か。だったら保守なんだろうなと。もう一つの理由としては、わしは(過去の因縁みたいなものは)すぐ忘れるんだよ(笑)」
3時間の対話で、両者の共通点はかなり多いことが判明した。それほど、この10年間の変化は大きかったのかもしれない。また、中島氏の発言に「リベラルとは、大切なものを守るために変わること」とあるように、中島氏も小林氏も10年の間に変わってきたことだろう。相も変わらず続いている改憲×護憲の争いの中に、「立憲的改憲」がどう分け入っていくのか今後も注目だ。
※カギカッコ内の発言は一部省略してあります
取材・文/北村土龍(本誌) 写真/山川修一