新宿・歌舞伎町にいる、たった一匹の野良猫「しろくろ」を追う
飲食店や風俗店がひしめき、明け方まで多くの人々でにぎわう新宿・歌舞伎町。その中を縫うようにして歩く、一匹の猫がいる。
人によく慣れているようで、堂々と繁華街を歩き、穏やかな表情で歌舞伎町を行き交う人々を眺めている。時には猫好きな通行人が近づいて撫でていくのにも、おとなしく応える。
歌舞伎町を20年以上撮り続けている韓国人ドキュメンタリー写真家の権徹さんは、最近、この猫の写真を撮り始めた。
「名前は『しろくろ』、オス猫で4歳くらい。僕は毎日、歌舞伎町を歩き回っているけど、『しろくろ』以外の猫をみたことがない。歌舞伎町唯一の野良猫です」と権さんは語る。
「しろくろ」は厳密には「野良猫」ではない。TNR(Trap Neuter Return)といって、去勢・避妊手術を受けた後に元の場所に戻された「地域猫」だ。これは繁殖しすぎて無用に命を奪われる猫を減らすための措置で、地域で一代限りの命を見守っていくというもの。「しろくろ」にも、去勢手術を受けた目印として耳先にV字のカットが入っている。
「『しろくろ』は争いを好まない、穏やかでやさしい猫なんです。たまにゴールデン街方面から来ると思われるボス猫にいじめられ、ケガをしています。そんな姿を見て、僕と境遇が似ているなと思ったんです。僕はこの街で相手が撮られたくない場面ばかり撮っていますから、ヤクザや酔っ払い、客引きやカップルなど、たくさんの人たちから嫌われ、イジメられています。猫にとっても歌舞伎町は、生きていくには厳しい環境でしょう。でも、そんななかで『しろくろ』はたくましく生きている」
権さんは、もともと猫は好きではなかったという。
「『しろくろ』を撮っているうちに、猫が大好きになってきました。猫の表情もかわいいけど、猫を目にした人たちの表情もすごくいいんですよね。それに、猫を撫でながら知らない人同士が会話をしたり。この他人だらけの街にコミュニケーションが生まれる。猫はすごいな、と思うようになりました」
※『週刊SPA!』5/8発売号「歌舞伎町にいるたった一匹の野良猫」より
写真/権徹(ゴン・チョル)
ドキュメンタリー写真家。1967年、韓国生まれ。1994年に来日、2012年に『歌舞伎町』(扶桑社)で講談社出版文化賞写真賞を受賞。
取材・文/北村土龍
猫にとって厳しい環境の中、たくましく生きる「しろくろ」
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