雑学

人生どん底の43歳が、畑違いの転職先で大成功できた理由

50代になっても高いモチベーションを保ち第一線で活躍する勝ち組50代。成功するには40代の働き方がカギだった!?

鹿毛康司さん

40代で転職。畑違いの部署で結果を残して今は執行役


「会社員である以上、上司と事業(部署)は選べない。若い頃はそれに不満を持ち、努力の仕方を間違えていましたね」

 こう切り出したエステーの鹿毛康司さんは宣伝担当として同社のCMを手がけ、耳に残る“消臭力”のフレーズや当時は画期的だったドラマ仕立てのCMを数多く生み出してきた。現在は勝ち組50代と言える地位にあるとはいえ、常に順風満帆なサラリーマン人生を送ってきたわけではない。

 転機となったのは、新卒で入社した大手乳製品メーカー・雪印乳業(現・雪印メグミルク)が’00年に起こしてしまった乳製品による集団食中毒事件だった。

「有志で結成された信頼回復チームに参加し、被害者・マスコミ対応などを行いました。そのとき、初めて努力の方向が間違っていたことに気がつきましたね。それまではいかに社内で目立って出世するかを考えて行動していましたが、それは間違い。会社存亡の危機に直面して初めて、消費者に喜んでもらえない会社は成立しないと知った」

鹿毛康司さん

雪印に入社後、’00年に食中毒事件を経験し、人生のどん底に。しかしそこでの経験を生かし、エステー入社後は宣伝担当として活躍

 その後、雪印を退社。43歳で転職活動をしたものの、当然のことながらうまくはいかなかった。

「申し込んだ会社はすべて不採用。でも、会社員として実績は残したとの自負もあったので、色眼鏡で見る人事担当ではなく、経営トップが直接面接する企業のみに絞って転職活動をすることにしたんです。そこで、拾ってもらったのが現在の会社でした」

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配属されたのは畑違いの宣伝部署だったが…

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