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鴻上尚史、『タモリ倶楽部』に出たいのに出られない理由

些細なことを面白がる知的な遊び心

 それから、「どのクリーニング屋さんにも、引き取り手が何十年も来ない洋服がある」というのもじつに想像力を刺激されました。  実物を見せてもらったのですが、ものすごくオシャレなジャケットやカラフルなシャツなんかが、ずっと引き取られないまま、倉庫に眠っているのです。どうにも、捨てるわけにはいかないのだそうです。  いつも御用聞きに行って、箱一杯にクリーニングを頼んだ家の人は、ある時、訪ねたら誰もいなくなっていたと、クリーニング屋さんは語りました。  箱から出して広げてみれば、昭和の香りのするカラフルな洋服で、それなりの値段のものに見えました。  何があったんだろう、夜逃げなんだろうか、いつか引き取りに来るんだろうか、と考え出すといくらでも想像が膨らみます。  別の二代目のクリーニング屋さんは「血がついた洋服を預かったら、警察に届けるように」と、父親から言われたそうです。 「なるほど、事件かもしれないですからね」と、タモリさんと共にうなづいたんですが、よく考えると、「いや、人殺して、返り血を浴びたから、これをクリーニングしてくれ、なんて殺人者はいるのか」という疑問が浮かびました。  本当はよく考えなくても浮かばないとダメなんでしょうね。  で、「いや、どうしてもお気に入りの一着だったからとか、思い出の洋服だったとか、父親の形見の洋服だったからとか、そういう場合なら、殺人者もクリーニング屋に出すかもしれない」と、強引な解釈で盛り上がりました。 「で、今までそういう血まみれの服はあったんですか?」と聞けば、「いえ、事件性を感じるものはありませんでした」と、その二代目のご主人は、じつに残念そうに答えました。  あきらかに鼻血とかケガだと分かる場合はあって、それはちゃんと落とせるんだそうです。  些細なことを面白がるためには、知的な遊び心が必要で、同時にうんとくだらないことを楽しむ『タモリ倶楽部』のような番組は本当に少なくなったなあと思っています。
ドン・キホーテ 笑う! (ドン・キホーテのピアス19)

『週刊SPA!』(扶桑社)好評連載コラムの待望の単行本化 第19弾!2018年1月2・9日合併号〜2020年5月26日号まで、全96本。
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この世界はあなたが思うよりはるかに広い

本連載をまとめた「ドン・キホーテのピアス」第17巻。鴻上による、この国のゆるやかな、でも確実な変化の記録

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