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典型的な郊外の街、茨城県守谷市が世界のアーティストから注目される理由

コーディネーターのすさまじい奮闘ぶり

 では、実際にアーティストは守谷にやってきて何をして、コーディネーターはどういうことをしているのか? アーティストも大変だが、現在3人となっているコーディネーターの仕事というのが、これがすさまじい作業量なのである。 「2018年はアメリカ、オランダ、トルコから3人のアーティストを選考し、招聘しました。応募してくるアーティストの数は年々増えていて、2018年は665件。その中からまず、我々コーディネーターがだいたい100件ぐらいに絞ります。そのあと、ゲストキュレーター(学芸員。アーカスでは2012年から外部の学芸員が招聘アーティストたちの制作のアドバイスをするシステムになっている/2018年度現在)の方に1次選考していただき、10数名まで絞ります。その後は、メールなどで候補者たちとやりとりし、自己紹介ビデオを送ってもらい、最終選考で3名が選ばれます」  招聘されるアーティストたちは事前に「守谷でこういうものを作りたい」というプランを持っている。その内容は、もちろん千差万別。2016年にやってきた韓国人アーティストのイェン・ノーさんは、冒頭で述べた「MAVO」という大正期のアート運動のリサーチをし、2017年にやってきたフリエッタ・アギナコ&サラ・ドゥムーン(それぞれメキシコとベルギー出身)の2人のユニットは「利根川」をテーマに自転車で利根川の河口まで旅をし、2018年にやってきたトルコのジハド・ジャネルさんは「モンスター」をテーマに日本の妖怪をリサーチした。そして、各年、ほかの2名の芸術家もそれぞれ自分のテーマをリサーチし、滞在制作をした。

2017年に滞在し、利根川をリサーチしたフリエッタ・アギナコ&サラ・ドゥムーン
のオープンスタジオでのレクチャー・パフォーマンス
《地球と向き合う。情報と向き合う。私たちの生活と向き合う。》
アーカスプロジェクト実行委員会提供

 これらを、アーカスのコーディネーターたちはもちろん全力でサポートする。当然、外国からやってきて日本語が話せない芸術家たちに必要な資料を翻訳し、彼らがインタビューをすべき相手を見つけ取材交渉し、通訳し、そのインタビュー内容をすぐさま英語でまとめ、アーティストに渡す。また、彼らの制作に必要なものを準備し、そしてもちろん生活の面倒を見る。 「毎年、アーティストがやってきて制作する8月から11月は業務時間外の仕事が月によって100時間を超えることもあります。夜中に帰ることは当たり前。まぁ、私たちは契約上、残業という概念がないので、残業代は出ないんですが(笑)。でもね、一定期間、日本でアーティストの命を預かる以上、労働と自分の生活の境目をつけるのは難しい、というのも事実なんです。アーティストが夜中に体調を悪くしたら救急病院に連れて行かなくちゃいけませんし、もっと下らないレベルでは、『深夜スーパーに買い物に行ったら、宿泊先の鍵をなくした』というアーティストの面倒を夜中にみたり(笑)。シリアスな局面としては、2017年に『北朝鮮がミサイルを発射した』という情報が入ったときが印象深いですね。利根川沿いをキャンプしながらリサーチしているアーティストたちをどう避難させるべきなのか、どこまで面倒を見れるのか、とかなり対応に苦慮しました」

利根川をリサーチしていたフリエッタ・アギナコさんとサラ・ドゥムーンさん。本文中にあるように、北朝鮮のミサイルの情報を得てから、彼女たちの安全をどう確保するかに石井さんたちは奔走した/アーカスプロジェクト実行委員会提供

 なんとも大変な仕事だ。しかし、それだけのやりがいもあるのだろう。さて、このようにアーティストたちはアーカスにやってきて、さまざまな場所にリサーチに行く。当然、「芸術家がなんでリサーチをするの?」と思われる人も多いだろうが、現代アートの世界、特に「アーティスト・イン・レジデンス」では、その土地に芸術家がやってきて、感じたことを作品にすることが多い(無論、ルネサンスの時代から芸術家はさまざまな国に行って作品をつくってきた、という流れが根底にはある)。  さらにややこしいことをいうと、アーカスでは滞在したアーティストが「作品を完成すること」は求めていない。「オープンスタジオ」と言って、あくまで制作過程のものを滞在期間の最終盤に、一般公開する形をとっている。これは、アーティストが守谷で受けた刺激、影響を母国なり別の土地に行って、また新たな作品なりパフォーマンスになればいい、という考え方だ。 「『なんで、そんなことのために税金を使うんだ』という市民の方も当然いらっしゃいます。でも、『地域とアートをつなぐ』ということで県や地域への貢献をできていると考えています。実際に、すでに守谷に滞在したアーティストの人数は100人を超え、世界のアートシーンで活躍している人も多い。我々は『まだ若い、そして、日本に来たことのない、これから世界で羽ばたくだろう』というアーティストを選び、彼らが実際に活躍してくれていることで、『モリヤに来たい』という海外の若いアーティストも増えてきました。そして、彼らがまた日本に戻ってきて、制作をすることもある。実は、守谷の方々も気付いていないかもしれませんが、世界のアート界では『モリヤのアーティト・イン・レジデンス』というブランドが徐々に認知され始めているんですよ」  実際、公開情報を探るだけでもアーカスプロジェクトの活動資金はかなり少ない。そのなかで「アーティスト・イン・レシデンス」のほかにも、小中学校と連携したり、地域と密着した事業も行っているアーカスの活動は、国際文化交流の面からも地域の文化向上の面からも、もっともっと評価されていいのではないだろうか。  ちなみに、アーカスとはラテン語で「門」を意味するとのことで、茨城県における「芸術の門」として、地域の人々と海外のアーティストが交わる場所を提供し続けているのだ。 取材・文・一部撮影/織田曜一郎(週刊SPA!)
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