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かつて“希望”だった「目に見えないネットワーク」は、今や重荷や苦痛になった/鴻上尚史

希望は実現し、悪意を見える化した

 16年前は、これが希望でした。  そもそも、インターネットは「目に見えないネットワーク」を実現したものであり、情報と情報、人と人とをつなぎました。  その最も美しい形が、民間の一台一台が繋がり、スーパーコンピューターと化し、未解読の文字の解析や宇宙の知的生命体からの電波の発見でした。  けれど、このシステムは、一台一台への信頼が基本になります。もし、参加しているパソコンがソフトを改悪し妨害したらすべてが終わります。  その危険は、いくつかのプロジェクトで現実化しました。  インターネットは、人の悪意を見える化したのです。  そして、2019年、「目に見えないネットワーク」であるインターネットでつながることは、希望ではなくなりました。  つながることは、希望ではなく、重荷や苦痛になりました。  SNSによって、知りたくもない知人・友人の風景を目撃します。  彼ら彼女らがアップする風景は、どれも楽しそうに、美味しそうに、幸福そうに見えます。  自分だけが取り残されているような気分になります。  つながらなければ、こんな気持ちにはならなかったのです。  僕が30年前、夢想した「目に見えないネットワーク」は実現し、そして、僕達を孤独にしました。  もうひとつ、30年前はSFが人気でした。ミステリーも人気でしたが、SFおよびSF的手法はそれと同じかそれ以上に広がっていました。  16年前は、1995年に起きた阪神・淡路大震災とオウムの地下鉄サリン事件の影響によって、SFが壊滅した時期でした。  世の中が訳が分からないのだから、せめて、「どんなに複雑でも最後にちゃんと正解がある」ミステリーが読みたいと、人気が盛り上がり、「世の中が訳が分からないのに、さらに訳の分からない不思議なものは読みたくない」と、SFが敬遠されました。  そして、今、SFは依然売れていませんが、唯一、ディストピア小説だけは売れています。  そんな時代に『ピルグリム2019』を上演します。よろしければ劇場で目撃して下さい。
ドン・キホーテ 笑う! (ドン・キホーテのピアス19)

『週刊SPA!』(扶桑社)好評連載コラムの待望の単行本化 第19弾!2018年1月2・9日合併号〜2020年5月26日号まで、全96本。
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この世界はあなたが思うよりはるかに広い

本連載をまとめた「ドン・キホーテのピアス」第17巻。鴻上による、この国のゆるやかな、でも確実な変化の記録

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