更新日:2023年04月18日 11:05
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”バズる文章”の極意とは? 12万部「読みたいことを、書けばいい。」著者・田中泰延×pato対談

他人が求めているものを考えるほど無意味な時間はない

――つまり、総じて「読者の価値になることを書かなければならない」ということでしょうか。 田中:とは言え、何が相手の価値になるかというのは、こっちはわからないので。「あなたにはこれが価値があるから売ってあげる」ってわけにはいかなくて、何が欲しいのかさっぱり一生わからないので、自分が知ったこととか、面白かったことを書くしかない。 pato:そうですね。 田中:自分は広告代理店で、相手はその情報を欲しくなるようなことを調べて尽くして、想定して書くということをずっとやってきたわけですよ。20代女性が今食い付くような話題をまず提供して、食い付くようなタレント、食い付くようなコピー、そして最終的に絶対買うような商品というのをひとまとめにしてCMにするわけじゃないですか。 でも、よく考えたら全部がわからない。20代女性になったこともないし。もっと言うと、隣に住んでいるおっさんが、今夜何食べたいのかもわからない、年恰好一緒やのに。それで、匂いがしてきて、やっと「あ、肉じゃが食いたかったか」と思う。それぐらい未知のことなのに、「他人が何を欲しているだろうか」と考えるぐらい人生で無駄な時間はないんじゃないかな? ――それが自分の読みたいことと一致していればラッキーだと。 田中:そうです。それは誰かが買いに来るのであって、僕が売り歩くわけじゃないもの。で、僕が学生の頃ずっと一緒にやっていたベンチャー企業の仲間が皆同じ考えで、人の欲しいものなんて「ニーズ」とは言うけれど、わかるわけない。自分が「面白い」と思うサービスが、皆も面白かったらお金が集まるだけのことだと言っていましたね。

良いものがバズるとは限らないからこそ、自分が読みたいものを書くだけ

――しかし、ネットを主戦場にする人々は皆「バズりたい」わけじゃないですか? pato:それがよくわからないんですよ。「バズるのをお願いしますよ」って言われても、「好き勝手書いたらバズることもあります」というふうに答えています。その点、『おっさんは二度死ぬ』はバズることを要求されなかったのでラッキーだと思いました。 田中:そう。『読みたいことを、書けばいい。』も、編集の今野さんと「一応何か皮算用しましょうか?」って言ってて、「僕のTwitterのフォロワーが5万人、その1割が金出すとしたら5千部は売れる……かな? でもそこから先どうします?」って言ったら今野さんが「未知数です」って。その「1割が買う」というのも、僕達が勝手に想像してニヤニヤしているというだけだから。 pato:バズなんて本当にもうめちゃくちゃなもので、僕も『Dybe!』というサイトに小学校の時の学級会の話を書いて、ものすごくバズったんですが、4月1日に配信して、バズったのが7月なんです。3ヶ月間全く日の目を見ず、ある日突然、有名なゲームクリエイターの人がツイートしたのがきっかけだった。そんなものなんですよ、バズなんて結局。良いものが必ずバズるわけじゃない。 田中:炎上がコントロール出来ないのと一緒だよね。意図しない炎上が起こるわけだから。 pato:だから、バズるのにウエイトを置くと、不幸にしかならないと思います。

50万フォロワーいるから50万PVという世界ではない

田中:予測出来ないことだらけの中で、せめて「こういう風に書いたら、まあ僕は面白いよ」というのだけは予測出来るじゃないですか、自分だから。それだけかな、という。 pato:「バズらないけど、こんなに読み応えのあるすごい記事がこのサイトにありますよ」という価値提供はできる。そうしたら、他のライターの人も「負けていられない」と書くかもしれないし。 田中:うん、それはわかる。とあるサイトで、カツセマサヒコと夏生さえりさんと僕とで2年間連載をしていたんですよ。この3人合わせたら、一応フォロワー50万人以上いるから、まあ毎回50万アクセスぐらいは……と思ったんだけど、甘かった(笑)。大学教授にそれぞれ話を聞いて、「こんな授業が面白い」「こんな勉強が面白い」というアカデミックな内容で、3人とも記事にめっちゃ自信持っているわけ。でも、毎回50万アクセスってわけにはいかなかった。その2年間、充実はしていましたけどね。 ――では、読みたいことを書いた結果バズに至った記事について、自己分析をお願いできますか。 pato:いろんなサイトで書いているんですけれども、明確に使い分けているんですよ。『日刊SPA!』はすごい下世話な話を、『Books&Apps』はテキストサイトに近いので割と自由で、僕が飼ってるクモの話とかまで載せてくれる。『SPOT』は旅行記事で、『Dybe!』では結構真面目なコラム。でもそれぞれ、「これだけは伝えたい」という一文があるんです。

どうしても書きたいただ一つの表現のために

田中:各記事に? pato:はい。説教などではなく、面白い表現を思い付いた時の実践の場としてです。例えば、神田に「RAKU SPA」っていうサウナがあるんですけど、そこがめちゃくちゃ混んでいるんですよ。で、サウナ入ったすぐ後に水風呂入りたいのに、混み過ぎていて、ちょっと温くなっているのが見た目でわかるんですよ、水が。 ――それはちょっと嫌ですね。 pato:「すごくイライラするのは何でだろう」と思ったら、やっぱり、サウナで限界まで熱くなったのを、すぐ冷やしたいんですよ。その時にパッと「日本刀を造る時のように、ガンガン打った直後に水で『ジュッ』ってやる、あれがしたいんだ」という表現が思いついて。なんて面白い言葉なんだ、と。あとは、その一言に持っていくためだけに伏線を敷いていく書き方をしますね、コラム系は。 田中:それはすごい。patoさんの場合は、やはり小説家の資質があるんじゃないかな? 書籍版『おっさんは二度死ぬ』だって、最初は女子高生の一言だけど、ちゃんと最後には全然別の意味を持たせて。そうやって組み立てて行っているんですね、なるほどね。僕の場合はそういうところ、出任せなんでね。よく下らないギャグを書く時は、もう自分が面倒臭くなって、しょうもないことを飲み屋で言うのをそのまま書いているだけなんですよ。 ――田中さんはいかがですか? 田中:例えば滋賀県ポータルサイトで書いた「秒速で1億円稼ぐ武将 石田三成」は、調べたら皆が当然のように思っていることが嘘だったことにすごく驚いたんですよ。それを単に「こうだったよ」と出すんじゃなくて、「僕も驚いたんですよ、驚きません?」っていう……その共感をしてほしいんですよね。それぐらいかな。 pato:人の視点でも書いている、というパターンですよね。

飲み屋の誰かに、話しかけるのような気持ちで書く

田中:うん、飲み屋で横にいる人に「この間こんなことあってんけどさ、僕自身びっくりしたけど、びっくりせえへん?」と話しかけるような感覚が大事なんですよ。 ――それが的外れだったという場合はどうすれば? 田中:うん。でもこれは、自分の感覚はそんなにおかしくないと信じることじゃないですかね? ちょっとずっこいことを言うと、広告代理店に24年いたら、そこズレていたら商売にならないから、クビになっちゃあうから。それはズレてないやろうっていう前提で飲み屋で隣の人に話し掛けるんでしょうね。 pato:やっぱり文章だけでは絶対にダメなんですよね。僕は東野圭吾ではないので、行動が伴っていなければならない。あとは誰もやらないことをやる。 例えば僕がやっている、『日本縦断』とか、『18きっぷで大回り』とかは鉄道ファンからしたら当たり前にやってることなんです。でも鉄道マニアは、それを一般の人にも分かりやすく、面白おかしく伝えることはおそらく苦手なんですよ、鉄道が好き過ぎるから。 田中:なるほど。 pato:一方、文章を書く人はあれが出来ないんですよ。だから、「どっちも出来る」というのは非常に強みであって。「あんなに乗ってるから、鉄道好きでしょう?」って言われるんですけど、僕は正直1mmも好きじゃないんですよ。興味もない。だからこそ書けるというのがあって。そういうところを狙っていくのが良いかと思います。 田中:そう、時々僕らが言ってもらえるありがたい言葉が、「思っていたことをこんなに言語化してくれてありがとうございます」ということ。 pato:ああ、ありますね。 田中:あれは嬉しい。つまり、僕はそんなに詳しくはないけど、一生懸命言葉にしてみたら、そのことを何十年も好きだったけど、言葉に出来なかった人たちがいたということ。

まだ誰も言語化できていない領域にこそ、やりがいがある

pato:そうなんですよね。そういうところを狙っていくと良いんじゃないかなと。 田中:まだ言語化出来ていないけど、新しくてマニアがいっぱいいるような分野は狙い目。 pato:でも下手なことは書けないので、そこでまた真摯さとひたむきさが重要になってくるんですよね。「何か人気のヤツが来て、片手間でやっている」とは思われないように。だから、何万字とかになっちゃうんですよ。文句付けられないですからね、何万文字も書いて来たら。 田中:そう。本と同じく、長い記事もあまり炎上しないんですよ。僕の経験では「文句を付けてやろう」という人は4千字ぐらいで大体脱落します。なので最低でも7千字書くようにしていますね。でもpatoさんの記事を読むと、「あ、僕って短いな」と思う(笑)。 pato:長くしようとしているわけではないんですよ。 田中:あれでもかなり捨てているもんね。絞って、削っていることが読んでいてわかる。長ければ良いというわけではないけど、頑張って読んでくれた人にはまだ少し、正しさは共有出来るというのはありますよね。 【田中泰延】 たなか・ひろのぶ。1969年大阪生まれ。早稲田大学第二文学部卒。1993年株式会社電通入社、24年間コピーライター・CMプランナーとして活動。2016年に退職、「青年失業家」と自称し『街角のクリエイティブ』、地方自治体ウェブサイト、写真メディア『SEIN』など様々な媒体に寄稿。Twitter(@hironobutnk【pato】 テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。6月29日、本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)を上梓。ブログ「多目的トイレ」 twitter(@pato_numeri) <構成・日刊SPA!編集部/撮影・山川修一>
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pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――

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