借金漬けの人や前科者が当たり前にいる環境で
この記事を書いている私自身、
生まれが貧困家庭で、兼近さんと同じような思いで地元を飛び出した経験があります。日常的に家族からの暴力を受けて育った私は、一般的に考えれば「異常な環境」から逃げ出すためのお金も、知識も、体力すらなく、
ただただ「どうにもならないこと」と諦めて毎日を過ごすしかありませんでした。
もちろん周りには助けてくれる人はおらず、借金漬けの人や、恐喝や暴行、万引き、違法薬物などで逮捕された前科者が当たり前に身近にいる環境で、それが「普通」なのだと思っていたのです。
写真はイメージです(以下同)
そんな私が外の世界へ逃げ出す決心ができたのは、学生時代に出会ったパートナーからの度重なる助言があったためでした。裕福で、家族仲も良い環境で育った彼は当初、私の生育環境について「まるで別世界のようだ」と困惑していました。さらに、互いの生活に対しての意識や価値観がまったく違うことから、口論になることもしばしばでした。
私の家庭では、買い物をするときは「とにかく安さ重視」で選ぶため、
生活用品のほとんどが100円均一で揃えられていました。一方で彼は「品質がよく、より長く使えるもの」を基準にしていて、たとえば毛玉取り機ひとつをとっても、100円均一で購入するのではなく、各社の製品を入念に比較したうえで、3000円のものを購入するような人でした。
こうした価値観の違いを埋める作業は、想像していた以上に困難で、凝り固まった習慣を変えるために数年を要しました。当時、学生でお金もなく、家庭内暴力に追い詰められていた私は、生きることに必死で、身の回りのことに気を遣う余裕は少しもありませんでした。中学生の頃に健康診断で見つかった虫歯は10年以上も放置していたし、教養を身につけるために本を読む余裕もなかったし、健康のために運動をする気力すらなかった。そして、そんな状態が健全ではないことにも、まったく気が付いていなかったのです。
パートナーから「どうしてそんな簡単なことができないの」と言われるたびにストレスを感じ、これまでの自分の人生を否定されたような気がした私ははじめ、彼に対して「生活に余裕がある人には、庶民の感覚が分からないんだ」と強く反発しました。
しかし、そんな私のことを見放さず、親身に「逃げ出したほうがいい」と根気強く向き合い続けてくれたパートナーのおかげで「自分が普通ではない状況にある」と気が付き、実家から逃れて、県外で就職して一人暮らしを始めることができたのです。私に強く依存していた母は、私が外の世界へ逃げ出したことを非難しましたが、おそらくあの状況が長く続いていれば、私は暴力から逃れられない絶望感から、自分の命を絶っていたでしょう。
「これは普通じゃない」と気づけるか
「負の連鎖からの脱出」は、
第三者の介入がないかぎり、自力では大変難しいものです。閉鎖的なコミュニティを「世界のすべて」だと認識していたり、そこから逃れられないで苦しんでいる人たちは、多分、みなさんの想像を超えるほどたくさんいます。しかし、自分のいる環境が「普通ではない」と気付きさえすれば、そこから逃れることは不可能ではありません。
兼近さんが『週刊文春』で語った「
過去と他人は変えられないんで。未来と自分だけ変えていく」という言葉は、私個人の経験も踏まえて「本質を突いているなあ」と深く考えさせられる部分がありました。「置かれた場所で咲かなくていい」場合もある、というのは、今回の一件を通して、より多くの人に知ってほしいことです。
<文/吉川ばんび>
1991年生まれ。フリーライター・コラムニスト。貧困や機能不全家族、ブラック企業、社会問題などについて、自らの体験をもとに取材・執筆。文春オンライン、東洋経済オンラインなどで連載中。著書に『
年収100万円で生きる-格差都市・東京の肉声』 twitter:
@bambi_yoshikawa