雑学

ブログ市長の街をひろゆきが訪ねた

対談直前。ブログ市長の街をひろゆきが訪ねた

「ブログ市長」――。その名前を聞いたことがある人は多いはずだ。

 鹿児島県北西に位置する阿久根市が日本中から注目されるようになったのは’09年1月のこと。竹原信一・阿久根市長が自ら執筆するブログ『住民至上主義』で「阿久根市議会で最も辞めてもらいたい議員は?」と掲載。市民に不人気投票を呼びかけるという、前代未聞の事態がきっかけとなった。

 市長の異例な言動はそれだけにとどまらない。市職員の給与明細を公開し、職員からの猛反発を受けて一時は失職。また、ブログなどで繰り返される過激発言はたびたび問題となり、いつしか「ブログ市長」という名称が世に広まった。

 その言動が裁判沙汰にさえなっているにもかかわらず、なぜこのような活動を続けるのか? 市長に会うべく、ネット界の風雲児・ひろゆき氏が阿久根市に向かった。

◆悪人? 正義の使者? 評判はイマイチの市長

 ひろゆき氏が阿久根市に到着したのは、’09年12月22日。この日の阿久根市は喧騒に包まれていた。ことの発端は、市長の天皇制に対するブログの記述だ。これにより静かな漁村に100人以上の警察と6台もの右翼街宣車が押し寄せていたという。しかし、到着したときには街宣活動はすでに終了。そこで、どんな様子だったのか聞き込みを開始した。すると「こんなことは阿久根では起こらない一大事だよ!!」(飲食店店員)と声を荒げる市民の姿が。一方で、市役所前にいた警備員によれば「大きな混乱はなかった」とのこと。実際は町中を街宣車がグルグルと回り、市役所の前を通り過ぎる際に声を上げた程度で、市民に実害はなかったようだ。

 しかし、聞き込み調査を続けると、「市長の発言が原因でこんなことになるなんて、本当に堪忍してほしい」(50代・主婦)や、「いままでのやり方を壊すので個人的には好きじゃない」(40代・男性)など、驚くほど市長に対する反対意見が聞かれ、中には市長のことを聞かれても知らぬ存ぜずを通し、口をつぐむ人も少なくない。

 もちろん「役人の給料を減らすのはいいこと」(20代・男性)という肯定派も中にはいたが、竹原市長が’08年、公職選挙法に抵触する可能性があったことを例に挙げ、「法律を無視した強引なやり方はちょっと……」(同)と、付け加えることも忘れない。

 竹原市長は、’08年8月に市長に就任後、’09年4月に阿久根市議会全員一致の不信任決議案にて失職。同年5月末に投開票が行われた出直し市長選挙に出馬し、見事再選した人物である。失職後に再選していることを考えれば市民の後押しも相当強いはずなのだが……。

「この小さな街だと、身内にも市役所に勤めている人がいたりするから、みんな反対派に気を使って市長を褒めづらくなっているのかも……」(ひろゆき)

 市政は変わらなければいけない。市民もその意識を持ってはいるが、古いしがらみに捕われ、表立って市長を支持できない一面もあるようだ。一方で、そんな”おらが街のルール”を壊し、公務員改革を行おうと目論む市長。彼は一体、どんな人物なのだろうか……。

竹原信一・阿久根市長初の著作
『独裁者 ブログ市長の革命』2月17日発売!
地方議会に巣食う「職業議員」や公務員労 組との戦い。本当の意味で地方行政を取り仕切るトップが、バッシングに屈 することなく身を呈して書き下ろす

●竹原信一氏
’59年生まれ。防衛大学進学後、航空自衛隊に入隊。’88年退官後、親の経営する建設会社にで取締役を務め、’05年に市議会議員、’08年に市長当選。公式ブログ(http://www5.diary.ne.jp/user/521727/)

●西村博之氏
’76年生まれ。2ちゃんねるの元管理人で、現在はニコニコ動画運営。本誌連載『ネット炎上観察記』を執筆中。著書は『』(小社)など




おすすめ記事