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タイを拠点にピンク情報から紛争地帯まで取材し続けた男たち「日本の恥」とも言われ…

 かつてバックパッカーなどの旅人からヘンタイ紳士、紛争地帯を取材するジャーナリストやマスコミ関係者まで虜にした伝説の雑誌がある。キャッチコピーは“タイ発アジアGOGOマガジン”、その名は『Gダイアリー』(通称“Gダイ”)。
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『Gダイアリー』の表紙。上段左から89号、100号、110号、124号、下段左から130号、162号、180号、204号

 タイのゴーゴーバーやマッサージ店、カラオケクラブを網羅するなどピンクな情報が満載で、現地駐在員の妻たちからは「日本の恥!」と目の敵にされることもあったという。1999年創刊、そして2016年に雑誌が休刊(Web版は継続中)。あれから月日が流れたが、当時の編集部の実情とは、いったいどのようなものだったのか。

タイの駐妻から「日本の恥!」呼ばわり…『Gダイアリー』には“男たちの夢”が詰まっていた

バンコクのカオサンロード

バンコクのカオサンロード

 タイの首都・バンコクに編集部を置き、個性的な執筆陣がタイを中心に東南アジア全般の現地情報を発信。雑誌は日本とタイで販売され、コアなファンを獲得していたのだが、危険地帯ジャーナリストとして知られる丸山ゴンザレス氏もその一人である。 「俺も、バンコクでクソみたいな日々を過ごしながら、『Gダイの編集部で働きてえな』と思っていた読者でした。上っ面じゃないアジアを知るきっかけは間違いなくGダイだった。男たちの夢を偏執的に詰め込んだ夢の雑誌。そこにかかわったアジアの怪物たち、まとわりつくえげつないエネルギー、期待を裏切ることのないカオスそのもの」(丸山ゴンザレス氏)  ノンフィクション作家の高野秀行氏や旅行作家の下川裕治氏などの著名人が執筆することもあれば、なんだか得体の知れない無名のライターまで参加。面白ければなんでもアリだった。Gダイアリーは一見、エロ本にも思えるが、独立したばかりの東ティモール、イラクやアフガニスタンなどの紛争地、中国の古戦場を取材した硬派なルポまで掲載されていた。そんな“雑多”で熱気あふれる誌面が人気を博し、絶大な影響力をもっていたのだ。 「Gダイは記事だけじゃなく、地図も最高だった。エロスポットだけじゃなく、細かいネタが満載で、それまで噂レベルだったことが可視化してくれた」(同)  丸山ゴンザレス氏は「Gダイの編集部で働きてえなと思っていた」と語るが、実際にGダイアリーの誌面をつくっていた人たちの正体とは何者だったのか。
バンコクドリーム

『バンコクドリーム「Gダイアリー」編集部青春記』(イースト・プレス)

 今回は、12月17日に『バンコクドリーム 「Gダイアリー」編集部青春記』(イースト・プレス)を上梓する元Gダイアリー編集部員で現在はアジア専門記者の室橋裕和氏を直撃した。

自分が面白いと思った企画を忖度なしにぶつけるだけ…“企画会議”は存在しなかった

ブワさん

オフィスの雑務全般をこなすスタッフのブワさん。編集部員の癒しだったという

 高層ビルの19階。いかがわしいイメージのあるGダイアリーを知る人からすれば意外と思われるかもしれないが、オフィスは極めて健全な雰囲気。会社の母体は現地の邦字新聞『バンコク週報』、営業部や総務・経理などがシマをつくっており、そのなかでGダイアリー編集部はわずかなスペースだったという。 「編集部と言っても編集長と僕の二人。それにカメラマン兼広告営業が一人。主にこの三人でGダイをつくっていました」(室橋氏、以下同)  エロからテロまで雑多な誌面が最大の特徴だが、どのように企画が生まれていたのか。 「椅子をくるりと反転させて編集長と少し話す程度で。いわゆる企画会議というものは存在しませんでした。“企画会議に意味はない”が編集長の方針だったので。自分が面白いと思った企画を相談なしに、忖度なしにぶつける。編集長が内容に口を挟むことはなく、ボツになったことは一度もありません」  室橋氏は編集記者として自分でも取材・執筆を行いつつ、個性的なライター陣をまとめ上げていた。ライターとの打ち合わせでは、出会い喫茶の「テーメーカフェ」を居酒屋代わりに使うこともあったという。 「実際にライターはクセもの揃いで、どこか狂っているような……。常に海外を転々としていて、今でも正体不明な人もいます(笑)。また、有名企業に勤める現地の駐在員がこっそりと書いていたりするケースも多かった。一方で、20年以上もタイ南部のテロを追っている日本人で唯一のジャーナリストなど、一芸に長けたその道のプロが集結していましたね」 タイ スマホがなかった時代、Gダイアリーは情報量の密度に定評があった。歓楽街を歩く男たちはホテル・食事・風俗・観光スポットの詳細が書き込まれた「最強マップ」を重宝した。Gダイアリーを片手にバンコクをウロウロする人も珍しくなかった。実は、そのマップの制作を担当していたのが室橋氏だった。 「昔から地図を眺めるのが好きで。今でも地図だけでお酒が飲める。最強マップは歩いてポインティングして情報を入れ込んでいく作業が気持ちよかった。細かければ細かいほどよくて。誌面のデザイナーからは怒られることもありました。  夜の街を調査する活動をパトロールと称し、徘徊することが日課で。毎晩コツコツ歩いて、おもしろそうな店があれば突撃し、飲んで遊んで記事にする。“Gダイスタッフが肝臓を痛めながらつくったマップ”というのは冗談ではなく、本当に毎日お酒を飲んでいて、給料のほとんどが消えていきました」
バンコク最強マップ

『Gダイアリー』創刊号のマップ。室橋氏が加入する以前のものだ

バンコク最強マップ

室橋氏が制作を担当した最強マップ。「見事な細密画」「ヘンタイ曼荼羅」との呼び声が高かった(『Gダイアリー』第94号)

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タイ政府からの廃刊命令、政治混乱…訪れた危機
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バンコクドリーム 「Gダイアリー」編集部青春記
バンコクに編集部を置き、「日本の恥!」と駐妻たちに目の敵にされた伝説の雑誌「Gダイアリー」。 その編集部員が綴るウソのような舞台裏。あの熱量はなんだったのか?
●発売記念トークイベントが開催!
1月16日 旅の本屋のまど(西荻窪)
1月31日 阿佐ヶ谷ロフトA
2月8日 タイ・バンコク
2月19日 高円寺パンディット
2月21日 ロフトプラスワンWEST(大阪)
※詳細は室橋裕和氏のTwitter(@muro_asia)からチェック!
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