更新日:2023年05月17日 13:29
エンタメ

ドキュメンタリーの名手・東海テレビが“テレビ局の闇”に自ら切り込んだ理由

ドキュメンタリーほど可能性のある表現はない

 リスクのつきまとう作品づくりを厭(いと)わない姿勢について話を向けると、「私は平和な定年を迎えようとしていたのに、この仕事はおそらくその平穏を壊しちゃうなあと思いました(笑)」と阿武野氏。それでも作る理由とは? 「ドキュメンタリーのイメージって、小難しくて、理屈っぽくて、めんどくさくて、変に感動を盛り上げるものと思われがちです。とりわけ若い人たちからは忌避されてきましたよね。だけど、こんなに面白い、こんなに可能性のある表現は他にありません。それを若い人にちゃんと手渡していきたいんです。  生まれてはじめて読んだ小説が面白ければ、その人は本好きになるかもしれない。でも一番最初に見たドキュメンタリーが腐ってたら、もう二度と見ないかもしれない。だから一本一本勝負して作ろうよと、ことあるたびにテレビマンたちに言っていますし、自分もそれを実践しなきゃならないと思っています」  逆にひどいドキュメンタリーとは? 「感動盛り上げ型や、図式が最初から決まっちゃっているもの。寄り添うなどと優しいことを言いながら上から目線で社会的に弱い人々を晒すもの、そうしたどこかで見たことがあるようなものですね。見ていてこっちが寒くなるようなドキュメンタリー、ありませんか?(笑) 取材対象を変えただけで、同じような構成をなぞってるような。ああいうのを見ると、志が低いと思っちゃう。表現者としていかがなものかなあと」
報道部

『さよならテレビ』は、1月18日より横浜シネマ・ジャック&ベティ、群馬シネマテークたかさき、神戸・元町映画館でも拡大上映される/©東海テレビ放送

東海テレビドキュメンタリーをソフト化しない理由

 ところで、東海テレビのドキュメンタリー作品は評価が高いにもかかわらず、いずれもDVD化されていないばかりか、配信で見ることもできない。本作もその予定はないという。なぜなのだろうか? 「それは皆がやってることじゃないですか。それをやると紛れちゃう。『そっちの棚には入りませんよ』ってことがむしろ価値を生んでくれればいいなって。DVD化の話はすごくたくさんくるんですけど、DVD化すれば結局、『さよならテレビ』で局員たちが囚われていた視聴率と同じように“数字”に囚われてしまうことになる。どのくらい売れて、いくらになりましたという話に踊り始める。私たちは、映画館に何人来てくれた、というだけでお腹がいっぱいなので、お金の話にすり替わるようなお誘いはもうお断りしたいだけなんです。  なにより、私は映画界に御恩があると思っています。“放送”って、読んで字のごとく“送りっ放し”だけど、映画はそうじゃない。過去、私たちの作品が映画館で上映されていたのをスタッフが観に行くたびに、制作者として生き返ってきました。息遣いのある、共有感のあるスペースで、お客さんの反応を体感できるから。だから私たちは、映画館でしか観られない東海テレビのドキュメンタリーが12本くらいあるという、ささやかですけど、プレミアムなものを育ててくれた映画界にお返ししたい、今はそんな気持ちです」
阿武野勝彦氏

「ソフト化することで“数字”に囚われたくないんです」と阿武野氏

【プロフィール】 阿武野勝彦 ’59年生まれ。同志社大学新聞学科卒業後、’81年に東海テレビ入社。アナウンサーを経てドキュメンタリー制作者となる。主なプロデュース作品は『死刑弁護人』(’12年)『ヤクザと憲法』(’15年)『人生フルーツ』(’16年)『眠る村』(’18年)など 【作品データ】 さよならテレビ ’19年/日本/1時間49分 プロデューサー/阿武野勝彦 監督/圡方宏史 撮影/中根芳樹 製作・配給/東海テレビ放送 配給協力/東風 ポレポレ東中野、渋谷ユーロスペース、名古屋シネマテーク、大阪・第七藝術劇場、京都シネマにて全国公開中(以降、拡大上映予定) 映画『さよならテレビ』公式サイト (取材・文/稲田豊史、撮影/林 紘輝)
1
2
3
4
おすすめ記事