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40代でブレイク、“お笑い第7世代”永野ד純烈”小田井涼平の諦めない人生とは?

目標や目的は後づけでも構わない(小田井)

まだ成長できる人

小田井涼平さん

――そこまでして売れたかったと。 永野:でも、お笑いが本当に好きなのかなって思うことはありましたよ。普通の仕事がしたくなくて粘ってるだけだったのも事実だし。 小田井:ブレイクできなかったのは、周りに流されてきたから時間がかかったのかも。まあ、裏を返せばポリシーがなかったことで続けられたのもありますけど。誰もが最初から目標や目的を明確に持っているわけじゃない。やっていくうちに定まっていく人もいるだろうし、自分の場合もそうでした。それが悪いとは思わないし、そういった後づけできる力が40代には必要な気がします。 永野:後づけっていいですね。なんか芸能人っぽくない。 小田井:僕自身、昔から芸能界に向いてないと思っていますから。その気持ちはいまも変わりません。 永野:僕も向いてない。いまだにずっと戸惑っています。けど、売れない時期が続いていたから自分なりの何かは得られた気もするんです。もしこれが27歳とかで売れてたら違う人間になってるか、つまらなくて芸人をやめてたかも。 小田井:若い頃にちゃんと諦めていれば、見切りをつけて他のことやろうと思えたかもしれません。でも、年を重ねると世の中的に40歳を過ぎたオッサンが明日から会社員になるって言ったところで採用してくれる会社がまずないじゃないですか。だから、腹を括って前に進んでいくしかない。その中で活動を続けてきたことで成長できた部分はあると思うんですよ。

原点に立ち戻ることで新たな発見もある(永野)

まだ成長できる人

永野さん

――売れたいまだから大切にしているものってありますか? 永野:やっぱりライブですね。出ない宣言をしてから5年がたち、その間はテレビや映画などそれまでとは全然違う仕事を経験できたけど、自分の中でまたやりたいって気持ちが大きくなっていって。3月に久々に単独ライブを開くんですが、このステージは自分にとっての原点。見つめ直すことで新たな発見もあるんじゃないかな。これって一般の40代の方にも言えると思うんです。 小田井:僕らもスーパー銭湯や健康センターでの公演は、原点であって自分たちのホームだと感じますね。いろんな仕事をいただいて、昔ほど多くのステージをこなすことはできなくなったけど、今でも可能な限りは回っています。  試行錯誤しながらもその道を歩み続けた2人。諦めずに続けてきたからこそ遅咲きながら花を咲かすことができたのだろう。40代でも諦めず突き進むことでまだ成長することはできるし、成功を掴むことだってできるのだ。 【小田井(おだい)涼平】 「純烈」のコーラス担当。『白と黒とハッピー~純烈物語~』が発売中。2月26日、新曲をリリース。49歳 【永野】 ピン芸人。2015年にブレイクし、最近は映画『MANRIKI』など映像でも活躍。3月20日にロフトナイン渋谷で単独ライブを開催。45歳 <取材・文/週刊SPA!編集部>
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白と黒とハッピー~純烈物語

純烈が成功した戦略と理由がここに
「夢は紅白!親孝行!」を掲げ、長い下積み時代を送ってきた純烈がいかに芸能界にしがみつき、闘ってきたのかを、リーダー酒井のプロレス活動時代から親交のあるライター鈴木健.txtが綴ったノンフィクション


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