エンタメ

ヤンキーたちの憧れ・横浜銀蝿が37年ぶりに復活、伝説の数々…

翔が覚せい剤による3度に渡る逮捕、そして嵐が脳梗塞で倒れる…

 別々の道で順調に活動していたメンバーだったが、グループの顔的な存在だった翔が、1997年2月に覚せい剤取締法違反の容疑で逮捕されてしまう。この時は不起訴になったものの、翌年8月に再び同容疑で逮捕、1年4ヶ月の実刑判決を受ける。出所後の2003年にも、同容疑で現行犯逮捕、1年10ヶ月の実刑判決を受けることとなってしまった。
 このことについて翔は、2015年放送の『爆報!THE フライデー』(TBS系)のなかで、「自分の体のことだからとやかく言われることねえじゃん」という軽い気持ちで、手を出してしまったと語っている。  翔が2度目の逮捕をされている時、実兄である嵐が突然の脳梗塞で倒れ、緊急手術によってなんとか一命は取り留めるという事態が起こる。家族のピンチに「駆けつけてあげられないところにいるというのは、どれだけ情けないことなのか」と、翔は深く反省したという。現在は、奇跡的に復活した嵐と家族、そしてメンバーの助けもあり、薬物からはしっかりと距離を置いて生活をしているようだ。

再結成、解散、そして三度の完全復活

 栄光と挫折を繰り返してきたTCR横浜銀蝿RSだが、その半生と同じように、バンド自体も解散と再結成を繰り返して来た歴史がある。1983年の解散後、1998年に翔、TAKU、嵐の3人でバンド名を“横浜銀蝿”と変え、再結成を果たしたが2002年に再び解散……するも再度、夏季限定の“湘南銀蝿”を結成し、同年9月まで活動を続けた。

 “湘南銀蝿”解散後は、“THE CRAZY RIDER 横浜銀蝿 ROLLING SPECIAL RETURNS”へと名称を変更し、再び活動を続けていたものの、オリジナルメンバーのJohnnyは参加を固辞し続けていた。しかし、40周年を迎えるにあたり、“横浜銀蝿40th”として4人での完全復活を遂げたのだ。  ――嵐のように誕生し、嵐のように業界を席巻し、嵐のように去って行った“横浜銀蝿”。度重なる逆境にもめげず、再び“ツッパリののろし”を挙げた彼らの活躍から、今後も目が離せない!!<文/A4studio>
1
2
テキスト アフェリエイト
Cxenseレコメンドウィジェット
ハッシュタグ
Pianoアノニマスアンケート
おすすめ記事
おすすめ記事
Cxense媒体横断誘導枠
余白