誰もが別れの思い出を星のように綺麗なものとして心にしまう/ドラマ『死にたい夜にかぎって』第6話(最終回)
東日本大震災のあとに「震災婚」という言葉が生まれ、多くの人たちが手を取り合って共に生きていく相手を求めたものである。深夜ドラマ『死にたい夜にかぎって』の主人公・浩史(賀来賢人)とアスカ(山本舞香)は震災が起こった日から1か月後に別れることになる。世界は「震災婚」ばかりではなかった。
2005年、ネットを通じて出会った浩史とアスカはすぐに一緒に暮らすようになる。なんだかんだで6年が過ぎた2011年3月11日、唐揚げパーティをしようとしていた矢先、地震が起こる。
この揺れの再現がけっこうエグい。浩史たちの住んでいる部屋はロケセット(実際にある場所を使用してドラマ用に飾り込む)だと思っていたのだが、「セットだった?」と思うくらい、
揺れる。それとも、スタッフのものすごいチームワークで揺れを表現しているのだろうか。
それはともかく、山盛りの唐揚げが、揺れで生き物のように突き上がって膨らんで転げ落ちていくビジュアルは鮮烈であった。
精神的に弱いアスカが泣き叫ぶ姿を尻目に、浩史は洗面所に籠もる。こんなときに表れた、幼少時のトラウマによる閉所恐怖症を治めようとプロレスのマスクをかぶって行ったことは、オナニー。
「非日常には非日常を」
原作では浩史はトイレに籠もる。マスクのキャラクターもちょっと違う。でも行うことは同じである。これは決してありえないことでなく、たぶん、人間は追い詰められたとき、根源的な肉体感覚に立ち戻るものなのだろう。なんてことを考えながら、浩史のいたましいほどの「希望のオナニー」を直視しないようにしているうちに、浩史は復活を果たす。
だが、時すでに遅し。アスカの心は冷めていた。
「俺は手の使い方を間違えのだろうか」
第5話で、風俗嬢の胸を揉んだり、アスカの頭を撫でたり、いろんな使い方をした浩史の「手」が、心から残念な結果を生み出してしまう。
浩史はその手で小説を書かないといけないと神様が言っているのだと思う。実際、原作者の爪切男はこの『死に夜』を書いたのだから。
別れにあたって、浩史は精一杯笑おうとする。それは高校生のとき、可愛い女の子に「虫の裏側に似ている」と笑われた顔である。
アスカはその顔が6年一緒にいて「初見」と言う。つまり、浩史はアスカといる間、ふつうに笑えていたってことだろう。そう思うと、アスカがどれだけ浩史にとって大切な存在であったかがわかる。
完全な別れは、アスカの勝手な都合で先送りになる。アスカは、好きな人が出来たというにもかかわらず、浩史が家賃を払っている部屋に居座るのである。それでも浩史は優しく、どこまでもアスカを肯定する。アスカの音楽は肯定できなかったが、アスカの言動には寛容なんだよなあ。
やがてアスカが実家に帰る日、駅弁をふたつもねだる図々しさも、浩史は広い心で受け止めるのである。
別れ際、アスカは、浩史の顔を虫の裏側には似ていないと自信をつけてくれるが、代わりに別の表現を用いる。第4話では「金魚の口」という凡庸な表現をしていたアスカも成長していた。最後の手紙の文面もなかなか良い。
浩史ももう、容姿について言われても傷ついたりしない。
彼もまた成長した……のかな。
アスカに「出ていけ」と言われ、公園で夜を明かしていた浩史が、ホームレスのおじさんと語り合って、斉藤和義の「空に星が綺麗」を口笛で吹く。
きっと誰もが、別れの思い出を、星のように綺麗なものとして心にしまう。
歌詞を読んで共感して、「このミュージシャン、なんでこんなに私のことわかるの~?」なんて思うことがあるが、『死に夜』を見て、「なんでこんなに俺の思い出、知ってるんだ?」と思う人がたくさんいるんじゃないだろうか。
出発の新幹線の中でさっそく弁当を食べ始めるアスカの、咀嚼によってやや下膨れる頬から顎にかけたラインを見ながら、「お弁当は新横浜過ぎてからじゃない?」と思うと同時に、私は斉藤和義ではなく、筋肉少女帯のラブソング「香菜、頭をよくしてあげよう」を思い出していた。
小説を原作にしたからといって、小説のような口当たりのドラマになるとは限らないが、『死に夜』は限りなく小説のようなドラマだった気がする。まだまだ浩史とアスカの日常を見ていたかった。ドラマで使用されてないエピソードも原作にはたくさんある。でもドラマはこれで最終回。お馴染みメルマガ編集部での会話の中で、浩史の初体験の話がちょっと出てきて、その相手を演じているのが安達祐実で。え、安達祐実、これだけ? 贅沢! と思っていたら、TSUTAYAプレミアム配信の特別編『あとがき』は、浩史と安達祐実演じる車椅子の女性との『ジョゼと虎と魚たち』(田辺聖子著)みたいなドラマなのだった。
アスカとの「その後」も描かれた、まさに『あとがき』だが、安達祐実、一人勝ちである。こんな人が初体験だったらすごいよやばいよ。
文/木俣 冬フリーライター。ドラマ、映画、演劇などエンタメ作品に関するルポルタージュ、インタビュー、レビューなどを執筆。ノベライズも手がける。『みんなの朝ドラ』など著書多数、蜷川幸雄『身体的物語論』の企画構成など
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MBS/TBSドラマイズム『死にたい夜にかぎって』詳細情報
<配信情報>
TSUTAYAプレミアムでは、特別編『あとがき』が配信中
TSUTAYA特設ページ:http://tsutaya.jp/syk_p/
主演:賀来賢人
原作:爪切男『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)
監督:村尾嘉昭
脚本:加藤拓也(ドラマ『俺のスカート、どこ行った?』)
制作:TBSスパークル
製作:カルチュア・エンタテインメント MBS
【番組公式SNS】
・ドラマ公式Twitter:@shinitai_yoruni
・ドラマ公式Instagram:shinitai_yoruni
【ドラマ公式サイト】
https://www.mbs.jp/shinitai_yoruni/
©2020「死にたい夜にかぎって」製作委員会・MBS ©爪切男/扶桑社
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作者:爪切男
単行本・文庫本好評発売中
発行元:株式会社 扶桑社
・作者プロフィール:爪切男 (つめきりお)
’79年生まれ。派遣社員。ブログ『小野真弓と今年中にラウンドワンに行きたい』 が人気。’14年、『夫のちんぽが入らない』 の主婦こだまとともに同人誌即売会・文学フリマに参加し、『なし水』に寄稿した短編『鳳凰かあさん』が話題となる。’15年に頒布したブログ本も、文学フリマで行列を生んだ。本書『死にたい夜にかぎって』がデビュー作となる。週刊SPA!!では、労働エッセイ『働きアリに花束を』が好評連載中。
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MBS/TBSドラマイズム『死にたい夜にかぎって』詳細情報
<配信情報>
TSUTAYAプレミアムでは、特別編『あとがき』が配信中
TSUTAYA特設ページ:http://tsutaya.jp/syk_p/
主演:賀来賢人
原作:爪切男『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)
監督:村尾嘉昭
脚本:加藤拓也(ドラマ『俺のスカート、どこ行った?』)
制作:TBSスパークル
製作:カルチュア・エンタテインメント MBS
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【ドラマ公式サイト】
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©2020「死にたい夜にかぎって」製作委員会・MBS ©爪切男/扶桑社
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単行本・文庫本:『死にたい夜にかぎって』詳細情報
作者:爪切男
単行本・文庫本好評発売中
発行元:株式会社 扶桑社
・作者プロフィール:爪切男 (つめきりお)
’79年生まれ。派遣社員。ブログ『小野真弓と今年中にラウンドワンに行きたい』 が人気。’14年、『夫のちんぽが入らない』 の主婦こだまとともに同人誌即売会・文学フリマに参加し、『なし水』に寄稿した短編『鳳凰かあさん』が話題となる。’15年に頒布したブログ本も、文学フリマで行列を生んだ。本書『死にたい夜にかぎって』がデビュー作となる。週刊SPA!!では、労働エッセイ『働きアリに花束を』が好評連載中。
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文庫本:『死にたい夜にかぎって』 賀来賢人主演、連続テレビドラマ化決定! |
単行本:『死にたい夜にかぎって』 単行本も是非チェックいただきたい! |
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