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「嫌な思い出も笑えるように描けば救われる」訪問販売の経験を漫画にした理由

「この仕事頑張ろう」と思うようには描いてない

――そこから、具体的に何がきっかけで辞めたんですか。 たか:ある日、いつものように自分が担当するエリアのお家に行ったら、留守だったんです。仕方がないから帰ろうとしたら、ちょうどその家の人たちが車で帰ってきた。おばあちゃんとお母さん、その息子さんの三人でした。僕はその三人を追いかけて、玄関先までひたすら商品の説明をしながらついていったんです。  そこで玄関まで入れてくれたのですが、気がついたらおばあさんが鍬のようなものを持って目の前に現れて。 ――鍬!? たか:それで腹とスネを突かれましたね。ジャッキー・チェンみたいに。 ――ええ!? たか:それで帰れと言われて出て行ったら、閉められたドアの向こう側から息子さんの「おばあちゃん格好いい!」というはしゃぎ声が聞こえて。なんだかその声を聞いたら、「この仕事は続けちゃダメだ」って思ったんですよね。その日をきっかけに辞めました。正直、もっとひどい話なんていくらでもあるけど、笑えないので漫画には描いていません。 ――もっと辛い話というのは、たとえばどんなことですか。 たか:暴力は当然のようにありますよね。灰皿投げられたり、ホワイトボードの下敷きになったり。 ――辛い。 たか:他にも、入社すると最初に研修があるんですけど、彼岸島みたいなところにフェリーで行くんです。イメージですよ(笑)。 ――あ、研修編はちょうど本誌の方で始まったところですね。 たか:研修もひどくて。フェリーに乗っている間は優しかった社員が、島に着くと豹変してしまう。ひたすら何をやっても怒鳴られ続けるんです。そうするとなんだか洗脳状態みたいになってくるんですね。当時は殴られても「ありがとうございます」と思うようになっていた。 ――ひどいですね。 たか:作中に中野という上司が出てきますが、あれは当時の先輩が本当にああいう男だったんです。なんなら顔もかなり似せて描いている。 ――中野主任って、かなりパワハラのきつい人じゃないですか。 たか:現実はあれよりひどかったです。むしろ漫画はちょっと情がある感じ。当時は営業する人間なんだからって高い服とかネクタイを無理やり自腹で買わされたりしてました。普段の営業も、基本的に4人くらいで団体行動になるんですけど、たとえば自分が一件とれてホッとしていても、その上司から「とれてない奴がいたらお前から叱れ」って言われるんですね。 ――作中にも描かれていたシーンですね。読んでいても胸が痛かった。 たか:契約はとってもとれなくても暗い気分になる。あの頃の写真を見ると、笑顔もなんだか変だったし、声も異様に高くて、ちょっとおかしかったです。それだけ辛い思い出だったから、「これ読んで頑張ろう」と思ってもらうような描き方はできないんです。
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誰にも読まれずに描き続けていた15年
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