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「嫌な思い出も笑えるように描けば救われる」訪問販売の経験を漫画にした理由

どうしようもない奴が輝く瞬間ってある

――『契れないひと』は、最初は「訪問販売」のネタが中心だったと思うのですが、回を追うごとに「コンビニ」や「恋愛」など新たな要素が加わって、どんどん面白さが増してますよね。最初は営業を描くことに躊躇いがあったと言っていましたが、第2巻が出るまで描き続けて、ご自身の中で作品に対する捉え方などに変化はありましたか。 たか:最近、だんだんキャラクターが勝手に動くようになってきたんです。よく漫画家の人が同じことを言うのを聞いて全く信じていなかったんですけど、今はネームの中で本当に動きだすから、自分が想像していないようなところに連れて行かれたりする。 ――最初は限りなくたかさんの実体験に基づいたエピソードだったのに、今はキャラクターたちの物語に変わりつつあるんですね。 たか:そうなんですよね。連載が決まったときにたくさんストックを作ったのですが、今はそれも尽きた状態。でも、キャラクターが何をするか考えるだけでいいから、話を思いつくのは前よりも早いし、自分自身も描くのがどんどん楽しくなっている。 ――たとえば、キャラクターが動いたことで予想外なことが起きたエピソードなどはありますか。 たか:これはまだコミックにはなっていないのですが、野口さんに恋をする堀込くんという男がいます。彼が野口さんに告白をするんですけど、それが僕が思っていた以上に早かったんですよね。 ――どうしたらそんなことが起きるんですか。 たか:告白する直前、堀込くんは病室で変なおばさんと同室になるんですけど、その人に告白をけしかけられるんです。でも、そのおばさんは別に堀込くんの背中を押したくて登場させたわけではなくて、同じ病室で自分が握ったおにぎりを食べさせるおばさんを出したかっただけで。 ――はい。 たか:そんなおばさんいたら嫌だなあと思って出したら、なんだか流れで堀込くんをけしかけて、彼もそのまま勢いで告白してしまった。 ――おばさんがおにぎり以上の働きをしたんですね。 たか:すぐに告白してよかったなとは思いましたけどね。男の子と女の子がくっつきそうでくっつかないみたいな漫画は人気ですけど、ああいう作品とは違うし、野口と堀込のふたりでそういうの誰も読みたくないだろうし。 ――確かに野口と堀込で焦らされたくはないかもしれません。さっきの「おにぎり食べさせるおばさん」みたいに、面白い人を想像して描いていたら、その人たちがどんどん自然と動いて物語が展開している、というのが今の『契れないひと』なんですね。 たか:そうですね。最初は自分の記憶を掘り起こす作業で辛かったけど、いまは野口の人生を覗いているようなつもりで描いたらいいんだな、という感覚になったのでだいぶ楽になりました。 ――本作は、訪問販売は作品の舞台ではありながら、仕事の哲学ではなくて、あくまで社員ひとりひとりの人間性に焦点が当てられているのが印象的です。 たか:仕事というよりは、その人の生活を描こうとは思っていますね。あとは、どうしようもない人たちばかり出てくるんですけど、そういう人たちにも少しは光が当たる瞬間があったらいいな、と思いながら描いているところはあるかもしれない。 ――ああ、なるほど。 たか:別に美談にするつもりはないんです。野口も別に仕事に志があるわけじゃないし、むしろ洗脳されている感じはブラック企業の社員特有のものかもしれないから、あまり肯定もできない。でも、そういう人を描く漫画があってもいいんじゃないか、とは思う。だから、いい人と悪い人、という描き方はしないし、とんでもなく最悪な人にもゴキブリ一匹味方につけておいてやりたいし、誰かを排除するような作品ではありたくないな、とは思います。 ――たしかに、中野主任ですら可愛げがあるように描かれていますもんね。たかさんが、そういう「どうしようもない人たち」を大切に描こうとする気持ちの源って、どこにあるのでしょう。 たか:うーん、なんだろう。別に憧れているわけでも、そうなりたいわけでもないんですけど、でも、そういう人でも一瞬だけ輝くときってあるじゃないですか。たとえば、野口さんが初めて契約をとれたとき、中野主任が助けに来てくれたシーンがあるんですけど、あれは自分にもそういう経験があったんですよ。 ――つまり漫画よりもひどかったリアル中野主任が助けてくれたと。 たか:そうなんです。あれが、どういう気持ちからしたのか、今でも全くわからないです。気に入らない奴はすぐに辞めさせようとしたし、仕事のルールも守らずに部下の妨害になるようなことも平気でするし、本当にろくでもない人間だったんですけど、でもそんな最悪な人間でもこういう瞬間ってあるんですよね。だから良いとも思わないけど。 ――他人の善性に気づく瞬間というか。 たか:なんでなのかなあと思うんだけど、同時に、人ってそういうものなのかもとも思うんです。Twitterとか見てると、なんだか極端な人ばかりですけどね。リアルな人間って、もっといいところも悪いところもあって曖昧なものなんじゃないか、って。 ――主人公の野口も、決して良い奴ではないですしね。 たか:ただただ今は、みんな幸せになってほしいなあと思いながら描いています。 ――たかさん的に、どうなったら「幸せ」ですか。 たか:正直、この仕事辞めて他の仕事してくれてもいいなと思いながら描いてますけどね。ただ、僕がそう思っているだけで、みんなもう幸せなのかもしれない。だから「こうなってほしい」とは具体的に想像していないです。  まあ、そのうち訪問販売もなくなりそうですけどね。トラブルも多いし、今はコロナも流行っているし。ニュースを見るたびに、今は野口もやっていないんだろうなあ、と思いながら描いています。

初めての撮影に戸惑いながらも、カメラマンの「ろくろを回してみてください」に従うたかたけし

たかたけし●’78年、徳島県生まれ。漫画家。’19年、週刊ヤングマガジンにて『契れないひと』の連載開始しデビュー。単行本第1巻・第2巻が発売中。ブログ『今夜は金玉について語ろうか』では凶暴なペットの漫画などが読める 取材・文/園田もなか 撮影/八杉和興
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