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若者がハマるパンチパーマ「濡れパン」なぜブーム?

 昭和の任侠道やアウトロー・カルチャーの代名詞・パンチパーマ。かつて強面の男たちから絶大な支持を受けたが、令和の今、その人気が若者を中心に再燃しているという。パンチに魅せられた男たちを直撃し、事の真相に迫った。

まさかのブーム再来。進化系パンチに迫る

パンチパーマ

濡れパン誕生に関わり、全国の祭り好きな若者からカリスマと崇められる岡本兄弟

 濡れパン――。なんて妖艶な響きだろうか。だが実はこれ、れっきとした髪形の一つ。そしてこの“濡れパン”に今、若者が夢中だという。一体どんな髪形なのか。新小岩にある濡れパン発祥の理容店「Hair Salon NOBU since1958」。そこの3代目オーナーである延陽介さんを訪ねた。 「頭の側面を短く刈り上げたフェードと呼ばれる髪形がベース。トップは短くカットした後、コテを使ってパンチパーマをかけます。そして、半乾きのままジェルで“ウェット”に整える。30年以上前は威圧感を前面に出すため、揉み上げの先っぽまでパンチをかけ、そのまま乾かして終わりでした。そんなパンチの“いかつい”イメージを変えたかったんです。濡れ感のおかげで角が取れ、落ち着いた品のある男性に仕上がります」
パンチパーマ

延陽介さん

 そんな濡れパンが誕生したのは約5年前。その裏にはある兄弟が深く関わっている。全国の祭り好きな若者からカリスマと崇められている岡本兄弟だ。その兄で、浅草の老舗神輿同好会の七代目会長である岡本翔平さんは振り返る。 「当時の私はサイドを刈り上げ、トップはジェルを使って七三分けにしていました。ですが、神輿を担いでいる間に汗で整髪料が落ち、髪形が崩れてしまう。わっさわっさと揺れる神輿は絵になるけど、動くたびに乱れる髪の毛は邪魔だし、そんな私の姿は格好が悪い。そこで、短髪で前髪をほどよく寝かせられて形崩れせず、普段はジェルでウェットな髪質を保ちたいなと……。パンチパーマの技術で名を轟かせた2代目の跡を継いだ延さんならと話を持ちかけました」  翔平さんのアイデアをベースに試行錯誤の末、ついに“濡れパン”が完成する。その施術中の動画やビフォー・アフターの画像を“#濡れパン”とつけ、延さんと翔平さんはSNSに投稿。「スーツや祭りの半纏、そしてカジュアルな私服と、どんなシーンでも様になるのが“濡れパン”のスゴさ」と翔平さんが絶賛するように、岡本兄弟に憧れる若者がこぞってマネをしたことで、“濡れパン”は瞬く間に全国に波及していったという。 「20代半ばから下の若者はパンチパーマをほとんど知りません。そんな彼らの目には斬新なヘアスタイルとして映ったのでしょう。彼ら兄弟がインフルエンサーになってくれたおかげで、’70~’80年代に続く第二次パンチブームにまで発展してくれました」(延さん)
パンチパーマ

兄・翔平さん(46歳)は、前髪を寝かすように巻いたクロップスタイル(左)。弟の雅也さん(42歳)は元祖濡れパンに(右)。

ブーム再燃の一方で…

 だが、問題も浮かび上がった。 「第一次ブームで『パンチ=怖い人』というイメージが定着し、ニーズ自体が失われてしまった。熟練度が問われる技術なのに、多くの理容師はスキルを磨く機会を奪われ、また親から技術を受け継ぐこともしていませんでした。ブームが再燃したのに、上手にパンチをかけられる匠が少ないんです」
パンチパーマ

パンチパーマをかける際に使うコテ。種類も豊富。「コテの幅によってカールのかかり具合も違います」(延さん)

 “元祖濡れパン店”と確固たる地位を築き、今では「全国各地から若者が店に来てくれます。また、理容師からも『コテの技術を教えてほしい』と相談が殺到しています」と言うほどの盛況ぶり。パンチパーマの技術を広めるべく、延さんは全国を飛び回っている。
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数多くの表情を見せるパンチパーマの奥深さ
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●Hair Salon NOBU since1958
東京都葛飾区新小岩1-12-10
Hair Salon NOBU since1958

●Dressing
岐阜県各務原市那加門前町2-25
Dressing

●BONO hair
岐阜県関市新田12-3
BONO hair

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