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「行き先はあの世まで」タクシードライバーが病院で拾った客たち

タクシー 病院

写真はイメージです

ヘルパーとの夫婦漫才に興じるご老人

 タクシーは、様々なところで乗客を乗せ、乗客を降す。華やかなホテル、レストランや歓喜が渦巻くアミューズメントパーク、そして粛々としたセレモニーホール……。乗る人乗る人、行き先によって高揚感や喪失感などの違った空気が車内に漂う。その空気にドライバー自身も様々な思いが駆け巡る。  常日頃、誰もが忘れがちなものを起こしてくれる場所がある。それは病院。それも町医者が手に負えないような病を抱えた人が来る大学病院は特にである。その思い起こしてくれるものとは……人には死が待ち受けているということ。  大学病院や有名な総合病院のタクシー乗り場もタクシードライバーに人気があるスポットだ。大学病院は遠方から診察に来ている患者も多数おりや退院患者の数も他の病院の比ではない。したがって他の施設等に比べてロング客(長距離の乗客)の比率も高く、日中のロング客スポットだ。  病院とあって、客層も普段と異なる。ある日、大学病院から若い女性の介護ヘルパーに付き添われた男性の老人が乗って来た。行き先を尋ねると「あの世まで」。笑うに笑えない冗談……。  真顔で言われ、困っている私を見て、ヘルパーが行き先を伝えてくれた。老人は、ヘルパーに 「治らないのになぜ病院にくる」 「こんなに疲れる思いをしてまでして来たくない。疲れさせて過労死させるつもりだろ」  と突っ掛かる。ヘルパーは苦笑いを私に向け、子供をあやすように手慣れた手付きで老人を宥めた。  「そんなことないですよ。病院に行くことができるから、私とこうしてデートできるんですからね」  老人は照れを隠すように大きな咳払いをして誤魔化した。  この老人が病院に行く目的は、病気を診察してもらうのではなく、ヘルパーとデートする為だったのか……。絶望の中に見えた甘い思い。幾つになっても男は男。死を意識していても本能は途絶えない。

死生観を語る老婦人

 定期的に遠方から都内の大学病院に通院している老女を乗せた。齢は80を超えているだろうというのに、背筋も伸び言葉も動きもシャキッとしている。タクシーで毎回通院しているらしく、その日は筆者が当たりくじを引いた。車内では、老女の子供の話や孫の話を自慢げに、また楽しそうに話していたが、突然ボソッと言った。 「病院に行くことなんて、綺麗に死ぬための準備をしているようなものですよ。寝たきりでもなったら子供に迷惑かかるしね。死ぬことさえ自分の為ではなくなってるの」   人のために生きるということは、人のために死ぬことを意味するのか……。  元気に希望に満ちて病院を去るものもいれば、いつ終わるかわからない通院を続けるものもいる。  病院は死ぬための準備をするところなのか、生きていくための準備をするところなのか。
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乗客との一期一会
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